三田市は兵庫県の南東部にありますが、旧国名では摂津国の北西部に位置していることから北摂地域と呼ばれ、もとは有馬郡に属していました。
伊勢貝遺跡は、三田盆地の北部の武庫川の支流である青野川・黒川を利用して計画された多目的ダムである青野ダム建設に伴う調査により発見されました。
青野ダムの千丈寺湖から更に奥に入った、峡隘(きょうあい)な谷の中にある遺跡です。
縄紋時代の遺構は発見されませんでしたが、後期末の土器片や石鏃(せきぞく:矢の先端に紐などで固定させて使う石でつくった鏃(やじり)。)、石錐(せきすい:石でつくった先端をとがらせた錐(きり))などが出土し、近くに集落があったと思われます。
石器の多くには奈良県の二上山(にじょうざん)産のサヌカイトが用いられ、小さいながらも精巧に作られています。


時折雪が舞い、水が凍結する中、調査は進んでいきました。
航空写真撮影当日は雨が降り順延、次の撮影日の朝は、雪で真っ白になってしまっていました。
調査員の車の寿命が来て壊れましたが、工期達成のため、だましだまし何とか使用していきました。
![]() |
調査区全景(西から) |
伊勢貝遺跡は、三田盆地の北部の武庫川の支流である青野川・黒川を利用して計画された多目的ダムである青野ダム建設に伴う調査により発見されました。
![]() |
調査地区から北を望む |
青野ダムの千丈寺湖から更に奥に入った、峡隘(きょうあい)な谷の中にある遺跡です。
![]() |
縄紋調査区(北から) |
縄紋時代の遺構は発見されませんでしたが、後期末の土器片や石鏃(せきぞく:矢の先端に紐などで固定させて使う石でつくった鏃(やじり)。)、石錐(せきすい:石でつくった先端をとがらせた錐(きり))などが出土し、近くに集落があったと思われます。
![]() |
縄紋土器 |
石器の多くには奈良県の二上山(にじょうざん)産のサヌカイトが用いられ、小さいながらも精巧に作られています。


伊勢貝遺跡として、初めての広範囲に及ぶ発掘調査となりました。
三田市では珍しい縄紋時代の遺物がまとまって見つかり、オンドル状遺構も見つかりました、
調査地は山間部で、季節は冬。
時折雪が舞い、水が凍結する中、調査は進んでいきました。
航空写真撮影当日は雨が降り順延、次の撮影日の朝は、雪で真っ白になってしまっていました。
これでは、写真を撮れません。
時間を一時間遅らせてもらって、やっと雪が消えて、撮影することが出来ました。
調査員の車の寿命が来て壊れましたが、工期達成のため、だましだまし何とか使用していきました。
車の買い換えを決定づけた遺跡です。