6月には山の中で製鉄遺跡を探す分布調査を紹介しましたが、今回は海に浮かぶ島で分調査した様子を紹介します。 南あわじ市の福良港から、漁船をチャーターして湾内へ。湾内にはおむすびのような山の「煙島」と平べったい砂州の「洲崎」があります。 ここには来るべき東南海地震に備えて、高さ8mの津波を想定した防潮堤が平成35年までに建設される予定です。 まずは砂州の島、洲崎へ。現在の岸壁に沿って高い防潮堤を築く計画だそうです。 平坦な島にも古代の塩作りの集落があるのではないか?と踏査してみるのですが、製塩土器はおろか、現代のゴミ以外を見つけることができません。 沼島が近いためか、結晶片岩の円礫が多く打ち寄せられていました。 次に、煙島に上陸しました。 平重盛が安芸宮島より勧請したとも言われる厳島神社への階段を187段登りました。 一の谷の合戦に破れ、首をとられた平敦盛の首を葬ったという首塚があります。また、一説によると煙島は平敦盛の亡骸を荼毘にふした煙から命名された?ともいわれます。 神社の境内に土師器皿を採集しましたが、江戸時代のもののようです。航海の安全を祈って、立ち寄った参拝者が残したものでしょうか? 防潮堤をつくる島の海岸線には、遺跡は見つかりませんでした。 今回踏査したところ、防潮堤建設予定箇所には遺跡は存在しないようです。 源平合戦と平家伝説に思いをはせながら、鳴門海峡を望む福良湾を後にしました。
弥生の村、史跡大中遺跡に隣接したフィールドミュージアムです。