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#自宅でも考古博 24「ひとがた流しーひょうご考古楽倶楽部の活動-」


直前までの雨にたたられる事なく無事“ひとがた流し”
(ひょうご考古楽倶楽部 会報 2019年7月号から)

 毎年の梅雨時、天候が心配されながら行事が始まると不思議と晴れて、雨にたたられることがなく執り行われるのは、何か不思議な力が働いているのではとの思いがする「ひとがた流し」。
令和元(2019)年6月30 日午後1時30 分から60 人の参加を得て、順調に行われました。「解説劇」を観た後、実際に “木のひとがた”に顔を書いて流しました。

解説劇の様子

解説劇のはじめに「みなさん、ひとがた流しって何だか知っていますか?」と司会者の問いかけに、一番前に座っていた男の子が「おはらいする行事や!」とすかさず大きな声で答えて、会場は一挙に和やかな雰囲気に包まれました。平安時代の文献「延喜式」に基づいた解説劇の天皇役とひめみこ役には、明石から家族と一緒に来たという小学生の兄妹に引き受けていただきました。
祝詞を読み上げ、観客もこの劇に参加し、「オウ!」と呼応する場面では、子ども達の大きな声で場が盛り上がりました。

お祓いの様子

劇の後、参加者全員に配られた“木のひとがた”にそれぞれ顔や願いを書いて、屋外の祓いどころでお祓いを受けて、館敷地内の弥生時代の遺構の溝を川に見立てて流しました。

流れるひとがた

解説劇の配役は倶楽部入会2年目の部員が中心となって担当しました。また舞台装置、背景、照明、効果音、受付、衣装準備などの総勢24 人の倶楽部員が頑張りました。
(ひょうご考古楽倶楽部)



参加したひょうご考古楽倶楽部のメンバー(2019年度)

ひょうご考古楽倶楽部は、播磨大中古代村 の敷地内にある兵庫県立考古博物館で、ボランティア養成講座を修了した考古楽者から組織されております。考古博物館を支援し、協働して博物館運営の一翼を担う活動を行い、地域における考古学学習や歴史文化遺産の保護・活用などの活動を行うため、そして会員相互の親睦を図ることを目的として、同好会を設け、古代体験プログラムの開発及び自己研鑽を行っています。(『ひょうご考古楽倶楽部ホームページ』より抜粋)

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