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兵庫考古学研究最前線2019「飛鳥時代の播磨の食器」



残暑が厳しく、なかなか実感はないのですが、暦の上では「芸術の秋」。
当博物館では、連続講演会「兵庫考古学研究最前線」を毎年お届けしています。

注目の発掘調査や最新の研究の成果など兵庫県内の考古学情報を、
いち早く、わかりやすくお伝えしようとする取り組みです。

*   *   *


令和初めての第1回は9月7日(土)、「飛鳥時代の播磨の食器」と題して
当博物館の新田宏子学芸員を講師に開催しました。


当日は夏の名残が色濃い猛暑でしたが、大勢の方にご参加いただきました。ありがとうございます。

テーマである飛鳥時代は、今から1400年前の7世紀。
ちょうど古墳時代が終わって、天皇中心の国づくりが本格化する時代です。
その時代に使われた土器「須恵器(すえき)」から、古代の歴史を読み解く内容でした。

まず、最初に須恵器とはなにか?から説明が始まりました。
須恵器は5世紀ごろから日本で普及します。ロクロによる成形や窯で焼くなど、
朝鮮半島から持ち込まれた技術で作られました。
野焼きの土器とちがって、硬く水漏れがしにくいことから、広く使われました。


播磨には多くの窯跡があり、須恵器の産地として知られていたことが、
当時の記録からもわかるとのこと。
7世紀の播磨地域の窯跡の分布と、遺跡で見つかる須恵器の特徴について紹介がありました。



播磨で作られた土器と、当時都があった飛鳥宮跡・難波宮跡で出土した土器と比較、
その特徴や移り変わりについて整理されました。
特に7世紀の後半に飛鳥地方では、播磨産の須恵器が数多くみられると指摘がありました。


また7世紀代の土器の移り変わりが明確にできたことで、播磨における古墳の終わりや、古代の寺・役所の登場する時期、同じ時代の遺跡同士のつながりを明らかにできる、と今後の展望も述べられました。


その一例として、現在当博物館で研究活動を続けている、古代の道路に置かれた「駅」の整備時期について触れられ、土器から古代山陽道の敷設は7世紀の中ごろと考えらえる、とのことです。
今後の研究にも期待が高まります。


講演終了後には、7世紀の窯跡の一つ、白沢窯跡群(加古川市)で出土した
須恵器を実際に見て、触れていただきながら、説明がありました。
高台のある・なし、蓋の突起のかたち、一つ一つ確かめるように
じっくり観察してくださっています。
熱のこもった質問が続きました。
ご来場くださった皆さん、ありがとうございました。

次回の「最前線2019」は来週9月14日(土)、
当館事業部長の高瀬一嘉が、「酒づくり今むかしー赤米酒を造ってみてー」
というテーマでお届けします。ご期待ください。



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