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特展のみどころ 2 ~吉田住吉山遺跡遺物~


 特別展「 動乱!播磨の中世 ~赤松円心から黒田官兵衛まで~ 」のみどころをお伝えするシリーズの2回目です。今回は三木市志染(しじみ)町の吉田住吉山遺跡の遺物についてご紹介します。

 この遺跡は、赤松円心の時代に築かれた城跡です。
 一般に、城と言って思い浮かべるのは、天守閣がそびえる高石垣に囲まれ、戦国時代以降主流となる城郭ではないでしょうか。
 しかしこの遺跡は、南北朝期の、自然の険しい山を利用して築かれた山城です。
延元元・建武3年(1336)~興国元・建武3年(1336)に、円心が南朝方の丹上(たんじょう)山(神戸市北区)を攻めた際、赤松軍が拠点としたと考えられています。この山城は、当時の文書に「志染軍陣」として登場します。
  

上部に郭(くるわ)、二重の掘と間に土塁
郭の中央には掘立柱建物

  それでは、さっそく遺物を見ていきましょう!

 陶磁器の他、短刀、鉄鏃をはじめ甲冑の部品と考えられる飾金具などが多量に含まれ、軍陣にふさわしい内容を備えています。
しかし、主要な武器である太刀が出土していません。
 そして・・・


鉄釘鉄鏃は鉄釘に比べて出土が少ない
甲冑の部品の小札(こざね)
複数の種類が束ねられた状態で出土 
補修用のストックだった可能性
土師器の皿
同遺跡から出土した土器・陶磁器の約98%が土師器

杯として使用されたらしいものだけでもこれほど多量

 これらのことから、この山城は、直接戦闘が行われた戦場というよりも、むしろ前線に物資を供給する兵站(へいたん)基地の可能性が高いと考えられています。


 南北朝期の山城の様相を知ることのできる貴重な遺跡です。
 本展では、ご紹介した遺物を含む26件83点を展示します。

 特別展は121日(日)まで開催中です。
 ぜひ足をお運びください!!

 ↓詳しくはコチラ↓

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