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1月 19, 2025の投稿を表示しています

「震災から30年とこれからの文化財保護」

  1月18日(土)、シンポジウム「震災から30年とこれからの文化財保護」が、当館講堂において実施されました。  兵庫県歴史文化遺産総合活用推進実行委員会(事務局:兵庫県 教育委員会文化財課内) 主催、兵庫県立考古博物館共催のもと、令和6年度地域文化財総合活用推進事業のひとつとして行われました。   趣旨説明:柏原正民(兵庫県教育委員会文化財課課長)  基調講演「阪神・淡路大震災からこれまでの文化財保護」  村上裕道(京都橘大学文学部歴史遺産学科教授)  「広域団体の取組み 歴史資料ネットワーク」   松下正和(神戸大学地域連携推進本部特命准教授/歴史資料ネットワーク副代表)  「ヘリテージマネージャーの養成、活動とその展望」  津枝勝見(ひょうごヘリテージ機構H²O代表世話役人)  「兵庫県の取組み」  田中康弘(兵庫県教育委員会文化財課主査)  「神戸市の取組み」  中谷 正(神戸市文化スポーツ局文化財課係長)  「丹波篠山市の取組み」  植木 友(丹波篠山市教育委員会社会教育・文化財課文化財係長)  「香美町の取組み」  石松 崇(香美町教育委員会生涯学習課副課長)  座談会「これからの文化財保護」    座談会では、活発な意見交換がなされました。  閉会挨拶   菱田哲郎(兵庫県立考古博物館館長)  阪神・淡路大震災から30年を迎える令和7年1月に、次世代の自治体や関係者への伝承を目的に大震災時の文化財保護やこれからの文化財保護行政の在り方を考え提言することを趣旨として開催されました。  今回のシンポジウムを通して、多くの方々と共に学び、考えていくことが大切であるとあらためて思いました。(小林)

ほったん 続:発掘現場へ出動!!(山角廃寺)

  (ほったん) 前回は周辺を見て回るだけで時間切れになってしまいゴメンナサイ!   ということで、さっそく発掘現場へ突入!! お~! すんごい!! これが夢にまで見た発掘現場だ。広いしパワーショベルやベルトコンベアもたくさん並んでいる。            では、前回もお世話になったまちづくり技術センター職員の三好さんと垣内さんにご案内いただきました。   (職員 さん) 今回の調査の成果として、中世から近世にかけての遺物や溝などの遺構がたくさん見つかっているんだ。   そして、その溝が報恩寺の参道と同じ方向を向いているということで、寺域の区画溝や寺院に付属する施設に関わる遺構と考えられるんだ 。     なるほど。溝の方向が、隣接するお寺との関連を裏付ける重要な根拠になったということか。フムフム     ほったん こっちも見てごらん。 山角廃寺はこれまで、前回に報恩寺で見た心柱の基礎となる“塔心礎”と小学校近くで出土したとされる“数点の瓦”によって、その存在は想定されてはいたんだけれど、あくまで想像の域を出ない幻の寺院だったんだ。     それが今回の調査によって、たくさんの古代の瓦が出土したことから、古代の寺院がこの付近に存在したということが確実になったんだ。      へーやったね。想像から一気に実在していたものとして考えられるようになったんだ。  確かにこのあたりは、一面瓦だらけだね。              よ~し。  ボクもじっとしていられない。さっそく掘り返してみよう。   コラコラ!そんなにやみくもに掘り返したら大事な遺物が壊れてしまうじゃないか!もう出入り禁止にするよ!   ごめんなさ~い。でもどこを掘ればいいのか全然わからないや。 職員の皆さんはどうしているの?ヒントを教えて。   ...

ほったん 発掘現場へ出動!(山角廃寺)

   こんにちは。ほったんです!                    いよいよボクも 博物館を離れて発掘現場に足を踏み入れることに なったよ!  これで、また一歩、博物館館長への道に近づいたかな?  では、早速そのレポートを始めちゃいます。                                                                             ハイ。現場のほったんです!  今回の調査現場は加古川市平荘町にある「山角廃寺」だよ。 廃寺と書いて“ハイジ”って読むんだって。 どうしてもアルプスの山々が頭に浮かんできちゃうなぁ。 この現場は以前は、加古川市立平荘小学校(統合により現在は両荘みらい学園)があった場所で、今後は特別支援学校が建設されることになっているようだね。    これまでは、塔の心礎や古代の瓦が少し見つかっていたことから、このあたりに“古代の寺院があった”と言われていたんだって。     では、いよいよ現場へ! 正面に見えているのが小学校の校舎だね。まだまだきれいな校舎なので、改修して今後も使われるようだよ。よかったね。 それでは、発掘現場の中へ・・・・   と、その前に、この周辺の調査をまず行っておこう。     こちらは校舎敷地の一画。何やら大きな石などの建造物が保管してあるよ。  この青いブルーシートで覆われているのは何かな?            どれどれ下に何やら文字が書いてあるぞ。             エ~と「にのみやそんとくせんせい・・・」  わーっ、 あの有名な二宮金次郎さんの銅像だったんだ! 最近の学校では見かけなくなってきたけれど、さすがに歴史のある平荘小学校は違うね。   意外なものを発見した後は、学校の隣のお寺を見ておこう。校舎のすぐ隣に、こちらも歴史ゆかしき風情のあるお寺があるよ。               「印南山 報恩寺」だって。 説明板によると「元明天皇の和銅 6 年(713)証賢上人の開基と伝えられ寺勢が隆盛を誇っていた鎌倉~室町時代の石造遺品...

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