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3月 8, 2020の投稿を表示しています

「ひょうごの遺跡2020」その①

兵庫県内では、新型コロナウイルス感染症拡大防止の取組みが続けられています。 当館も拡大防止の観点から、3月4日より臨時休館させていただいております。 突然の休館となり、開催中だった企画展「ひょうごの遺跡2020」が、 予定より早く終了することになりました。 観覧を予定しておられた皆様には、申し訳ございません。 そこで、少しでも館内を歩いている気分になっていただければと、 展示の様子を何度かに分けてご紹介します。 中に入ってみましょう。 今回は、平成30年度に発掘調査報告書を刊行した遺跡9カ所についてご紹介します。 まず、弥生時代の遺跡から。  淡路市の大円道向遺跡は、弥生時代前期末から中期初頭(約2400年前)の集落で、 瀬戸内海沿岸で使われた特徴を持つ土器が出土しました。 当時の淡路島で行われた交流の様子がわかる遺跡です。 津万遺跡群遺跡群(西脇市)は、播磨の北部にある集落遺跡。 弥生時代後期(約1900年前)の竪穴住居から、128個以上の土器が出土しました。 住居を土で埋めて廃棄するときに、一緒に捨てたものと考えられます。 古墳時代の遺跡は2カ所あります。いずれも但馬の古墳群です。  豊岡市の尼ヶ宮古墳群(豊岡市)は、古墳時代の中期から 後期(約1500年前)にかけて、時代ごとの埋葬施設や副葬品の変化 について、知ることができます。 広瀬古墳群(養父市)は古墳時代後期の古墳群で、尾根の上に石を組んだ 「石室」が数多く築かれていました。 副葬品では、小さな壺を付けて装飾した「子持壺」の破片が注目されます。  飛鳥時代(約1300年前)の遺跡は、稲塚3号窯跡(丹波市)で、 須恵器の杯や蓋杯など、生活用具を焼いていた窯跡です。 焼かれた土器は、近くの役所跡などで使われた可能性があります。  奈良時代(約1300年前)の豆腐町遺跡(姫路市)は、 現在のJR姫路駅一帯にひろがる遺跡です。 井戸からは、役所で使われたものと似た特徴の土器や 漆が付着した土器が見つかり、 播磨国府に関係した工房と考えられています。  江戸時代、播磨の北東部で盛んに銅の採掘がおこなわれました。

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