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竪穴系横口石室墳と土師器の窯跡-企画展の見どころ-

寺地古墳石室全景(東から)


現在、企画展 「ひょうごの遺跡 2014-調査研究速報-」を開催中です!

ブログで、見どころを随時ご紹介しています。

今回は、兵庫旧五国の但馬国 現在の養父市大谷にある「寺地古墳・寺地窯跡群」です。


~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~* ~*~*~*展覧会の概要~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

平成24年度に当館が刊行した20冊の発掘調査報告書の中から、代表的な遺跡を選び、報告書にまとめられた調査成果を展示します。

さらに、平成25年度に行った最新の発掘調査成果の速報展示、当館ボランティアを中心とするひょうご考古楽倶楽部の活動紹介の展示も併せて行います。

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<寺地古墳>
 八木川左岸の尾根の先端部で、古墳時代後期の古墳が見つかりました。
 田畑の開拓によって墳丘は失われていましたが、南北11メートルの楕円形墳であったと推定され、埋葬施設が残っていました。
 
 一般に知られている「横穴式石室」の場合、石室の入口部分が平坦になっていますが、寺地古墳の場合、石室の床面から一段あがったところに羨道(せんどう)がついています。このような石室を「竪穴(たてあな)系横口式石室」と呼びます。

<参考> 安土町竜石山2 号墳の石室模型
(滋賀県立安土城考古博物館『常設展示案内』2005 年より転載、加工)

 副葬品は須恵器と土師器の他、耳環(じかん・イヤリング)、鉄製武具、刀子(とうす・ナイフ)がありました。

副葬品の須恵器
 須恵器の高杯は、杯を上に載せた状態でまとまって出土しています。
土器出土状況


<寺地窯跡群>
 また、寺地古墳に隣接する場所からは、平安時代の窯跡3基が見つかりました。
 土師器(はじき)の小皿・杯(つき)・椀などが中心です。
寺地1号窯跡の
手前の穴が焚口、奥が煙道

この窯跡は、薪をくべる「焚口」から煙を排出する「煙道」までの長さが約1.5メートルしかありません。
 このような小規模の窯は煙管(きせる)に似た形から「煙管式」と呼ばれています。
 この窯では、土師器など小型の土器を生産し、近くの村へ供給していたと考えられます。

窯跡出土 土師器


本企画展の学芸員による展示解説も行っています。
会期中の毎週日曜日13時30分から14時です。

↓↓ 本企画展の詳細はこちら ↓↓

ぜひご来場ください!!

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