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夏季企画展 明日開催 

  夏季企画展が始まります。   明日7月22日(土)から8 月27 日 ( 日 ) まで 「新発見!ひょうご発掘調査速報2023」が開催されます。   今回は、令和4年度に兵庫県教育委員会が実施した発掘調査と出土品調査による最新の研究成果を一堂に公開します。 これにあわせて県内五国の5つの遺跡から選りすぐりの 県指定文化財も 展示します。     展示会場の準備の様子です。      相変わらず、細かく丁寧な、骨の折れる作業が続きます。   どんなものが展示されるかは、明日からのお楽しみになりますが、一部だけご紹介します。   令和4年度に実施した発掘調査のなかの「津門大塚町遺跡(西宮市)」 令和 7 年度に開院予定の県立西宮総合医療センター(仮称)整備事業に伴う発掘調査で、工場跡地から見つかりました。 この遺跡は西宮市津門の武庫川と津門川の間の沖積地にあたり、地名の由来となった「津門大塚古墳」があった場所です。   発掘調査の結果、 最も大きい円墳1基は墳丘径が24mで周濠までを含めると約30mの規模となり、祭祀を行う「造り出し」という場所が設けられていました。これは市内最大級の円墳で、当時の首長クラスの人物が葬られていたとみられています。  次に、 南構 ( みなみがまえ ) 古墳群( 豊岡市) から出土した玉類です。 南構古墳群では、田んぼの下から古墳が 11 基発見されました。古墳には、地元に多く産出する神鍋山の溶岩を用いた横穴式石室が設けられ、その中から鉄製の武器や馬具、美しい石材で作られた 勾玉(まがたま) や 管 玉(くだたま) 、ガラス小玉など多くの副葬品が出土しました。勾玉や管玉は 瑪瑙(めのう) や 碧玉(へきぎょく) 、 滑石(かっせき) などの石材が使われており、山陰地域でよく見られる製作技法が用いられているものが多いことから、これらの玉類の製作には出雲地域の工人が関わっていたことが想定されます。 赤系統や青系統いろいろな色の玉があります。これは写真よりも、ぜひ会場でご覧ください。 当時どのような人々がこれらを着飾っていたのか、想像してみるのも一つの楽しみ方です。 ...

令和5年度 県内芸術家ロビーコンサート

    こうこはくロビーコンサート「夏空とそよ風のしらべ」が 7 月 15 日 ( 土 ) に、開催されました。 今回は、ヴァイオリンとピアノの演奏者として、兵庫県ゆかりのお二人をお招きして、親しみのあるプログラムで皆様にお楽しみいただきました。     この日は「ひょうごプレミアム芸術デー」として入館料は無料。博物館で知識を吸収し、コンサートで癒やされ、有意義な1日を過ごしていただけたのであれば幸いです。(因みに芸術デーはあさって17日(月・祝日)まで。無料開放しています!)   演奏者  ヴァイオリン 坂 茉莉江(さか まりえ)さん オーストリアのザルツブルク・モーツアルテウム音楽大学大学院を最優秀にて修了され、 ソリストとして 関西フィルハーモニー管弦楽団などと共演、現在はソロ、室内楽奏者として幅広く活動中です。   ピアノ     河野 佐千栄(こうの さちえ)さん ポーランドのショパン音楽大学研究科を修了され、現在は関西を中心にソロ、室内楽奏者として幅広く活動中です。    向かって右に坂さん、左が河野さんです。ドレス姿が素敵です。 演奏が始まりました。 1曲目は「エルガー:愛の挨拶」 威風堂々という曲で有名なエルガーが妻へ婚約記念に送った曲です。 続いて、「ベートーベン:ヴァイオリンソナタ第5番 春」 明るい曲調からスプリングソナタと呼ばれています。 坂さんから演奏する曲目についての説明がありました。 「この曲はベートーベンが30歳の時に作曲した曲になりますが、この時、既にベートーベンは耳が不自由な時期だったということです。」 やはり天才ですね。 「中島みゆき:糸」 縦の糸はあなた~ 横の糸はわたし~ ご存じの曲です。 「エンニオ・モリコーネ:ニュー・シネマ・パラダイス」 イタリアの作曲家モリコーネが哀愁豊かな曲調で映画を彩りました。 座席が埋まってしまって、一部の方は上階からの観覧になってしまいました。 会場の都合で申し訳ありません。 最後の曲です。 「モンティ:チャルダッシュ」 元はハンガリーの民族舞踊のようですが、スケートの浅田真央さんが使用して広く知られるようになりました。 楽しい曲です。 席の後ろの方で、小さな...

蓮池小の皆さん 稲は順調に育っていますよ。

    播磨町立蓮池小学校の生徒さんが田植えを行ってから1ヶ月が過ぎました。 順調に成長しています。 背丈は目測ですが、30~40cmぐらいというところでしょうか。 この田んぼに植えたのは普段食べている白い米ではなく、有色米といわれているもので、他の田んぼと比較しても成長度合いは変わりないように見えます。   今年の田植え体験で使った品種は赤米2種(対馬、種子島)、黒米1種(壱岐)とモチ米の合計4種類でした。 こちらは、現代のモチ米「ハリマモチ」です。 黒米は今の段階で、葉の色が既に黒いのでわかりやすいですね。   ここで、いわゆる「古代米」と呼ばれているものについて。 これは私たちの祖先が栽培していたイネではなく、古代の稲の品種の特徴を色濃く残したであろうイネのことですが、中でも、 「赤米」や「紫黒米(しこくまい)(黒米)」「香り米」という、玄米に色や香りを持った米は、品種改良の対象にもならず、現在でも日本や東南アジアなど世界の一部の地域で栽培され続けています。 「古代米」といってもイネなので、栽培の基本は通常の白米の育て方と違いはありませんが、全体的に稲の草丈が長く倒れやすいので、肥料は通常の栽培の半分以下にしたり、密植を避けるなどの工夫が必要とされています。 ただ、本当のところ縄文時代に日本に伝わったとされるイネのことはまだよくわかってはいません。   暑くなるにつれて、これからもどんどん成長していきます。 稲刈りが楽しみです。

ほったんのなぜなぜ?教えてコーナー⑦ 米づくり

  (ほったん) 縄文人の主食が肉や魚じゃなくて、植物、木の実だったという話には驚いたよ。  縄文人というと最初に展示室で見た、弓矢などを持って狩りをしている印象が大きいからね。 (学芸員) そうだね。やはり狩りはうまくいく時もあれば、失敗する時もあるから、植物、木の実の方が安心できるからね。縄文時代は気候も暖かかったから、木の実もたくさんとれたんだ。 (ほったん) でも、木の実が育つのを待つより、自分で育てるようにすれば、もっと安心して過ごせたんじゃないかな。 弥生時代になれば、お米が食べられるようになるのに残念だね。   (学芸員) そうだね。でも実は縄文時代でも栗などの植物がよくできるように管理したり、ヒョウタンなどの有用植物の栽培もしていて、お米も食べられていたようなんだ。 (ほったん) そんなはずないよ。縄文人は狩猟民族、弥生人は農耕民族って聞いたことがあるから、縄文時代に米づくりはしていないよ。   (学芸員) 以前はそのように学校で勉強してきた人もいるけど、その後の研究で変わってきているんだ。 そもそも、稲作についての発見は静岡県の登呂(とろ)遺跡の存在が大きいんだ。 太平洋戦争中の昭和 18 年、軍需工場の建設時に、土の中から土器や農具などが偶然に見つかり、戦後になって本格的に調査した結果、多数の住居や高床倉庫、水田跡が発見され、弥生時代後期(約 2000 年前)の稲作を中心とした集落(登呂ムラ)の姿が明らかになったんだ。 この大発見で、戦後考古学の先駆けとなった遺跡であることが評価され、弥生時代の遺跡としては初めて、国の「特別史跡」に指定されたんだよ。 でも、その後、九州の福岡県や佐賀県にある縄文時代終わり頃の遺跡などから木製の農具やイネのモミ痕、プラントオパール(葉の細胞にできるガラス質のもの)、それに 小さな水田跡が発見されたんだ。 これらの発見により、弥生時代よりも早い時期に大陸から稲作が伝わっていたことがわかったんだ。 ただ、現代から見ると「縄文」とか「弥生」として区別しているけれど、当時の人々が「私は縄文人」と意識していることは無いから、ここまでは縄文時代でここからは弥生時代という線を引くのはなかなか難しいんだ。 (ほったん) ...

しちせきの節句 7月7日七夕

機織り体験を見学していると、ふとメインホール飾られている七夕飾りが目にとまりました。 そこで、一つ疑問が。「七夕」と書いてなぜ「たなばた」と読むの? 調べてみました。 「七夕」というのは「五節句」の一つなんだそうです。 節句とは季節の節目のことをいいますが、五節句の場合1、3、5、7、9月にある5回の節目を指し、中でも3月3日桃の節句、5月5日端午(たんご)の節句が有名ですね。 そして7月7日は七夕(しちせき)の節句、別名:笹の節句と呼ばれているとのことです。 そして、「たなばた」(棚機:漢字変換するとこの文字もでてきます)とは「棚すなわち横板のついた織機(おりき)」のことで、 日本の神を待つ「たなばたつめ」の信仰と中国の太陰暦 7 月 7 日の夜に牽牛 と 織女の二星を祭る行事 の二つが 融合し、七夕(たなばた)として 奈良時代から宮中で行われ、江戸時代には民間にも広がったということでした。(但し、諸説あるようですが) ということで、もうすぐ七夕の本番7月7日(伝統的には現在の8月22日:国立天文台による)です。 ぜひ、考古博物館まで、短冊にお願いを書きにいらしてください。 いろいろな願い事が書かれていますが、こんなのがありました。 「若くなりますように」   永遠のテーマです・・・

機織り(はたおり)体験

当館ボランティア「ひょうご考古楽倶楽部」の同好会 ( 織姫 ) では①染色 ②糸づくり ③機織り の3点を中心に活動しています。 7 月 2 日、この織姫さんの一大行事になります「七夕イベント 機織り(はたおり)体験」が 開催されました。 七夕の織姫にちなんで、綿から糸をつむいで布におりあげる作業を江戸時代の方法で体験いただきました。 最初に「綿の種くり」をします。 これは綿くり器(種取り器)という器械を使って、綿花(綿の実)から綿と種を取り分ける作業をします。            綿花の中にポツポツと黒く見えているのが種です。 綿花の中から種をとりだすための道具です。 綿を挟んで、わきのハンドルをグルグル回すと、柔らかい綿が前から出てきて、堅い種だけが後ろに残る仕組みになっています。 次に、紡錘車(ぼうすいしゃ)という道具を使った「糸つむぎ」を体験します。 片方の手で紡錘車を持ち、ぐるぐるとまわして綿をねじりながら細い糸につむいでいきます。 こうして糸ができたら、いよいよ機織りに挑戦です。織機(しょっき)という機械に糸をセットして布をおります。 たて糸の間に横糸をとおし、交互に組み合わさることで1枚の布をつくっていきます。 120 本の縦糸に横糸を通していきますが  手だけではなく、両足も使っての難作業です。 日本人の衣類としては、麻や生糸(絹)が使用されていましたが、江戸時代から綿も使用されるようになり、繊維が扁平で自然に撚り(より)ができるといった特徴から、糸や生地に仕立てるまでの手間が少ないこと、また、その保温性、吸水性から広く普及することになりました。 ここ播磨も昔は綿の産地として有名で、今も播州織や加古川の靴下といった地場産業として残っています。 当館では、毎年、この七夕の時期には「機織り体験」を行っています。   受付の机にかわいい置物が置いてありました。                           これは7月29日(土)に開催される古代体験講座「クラフトテープでつくるはにわくんと敷物」で作る、はにわくんたちです。 申込期間は既に過ぎていますが、若干余裕があるようなので、興味のある...

HYOGOミュージアム魅力発信プロジェクト  柔軟で斬新な目線で

  今年度から新たな取り組みとして「 HYOGO ミュージアム魅力発信プロジェクト」が はじまりました。 これは 2025 年大阪・関西万博を契機に、県立社会教育施設の活性化を図るため、 大学生等の柔軟で斬新な発想力や多様な発信力を活用し、 SNS 等を通じた各施設の 魅力発信や若者目線でのイベント等企画提案、実施を行うというものです。   県内の社会教育施設、〈美術系〉・〈歴史系〉・〈自然科学系〉全9施設が対象で 当館は県立歴史博物館、兵庫津ミュージアムと ともに 歴史系として 位置づけられて います。   本日はその情報発信をしてくれます大学生(ヒョーゴ・ミュージアム・サポーター) 4名が当館を訪れて各施設を見学しました。           館職員から概要の説明         収蔵物の見学と説明 「私たちの住んでいる近くにも、このような埋蔵物があるんですね。」       土器だけではなくて、このようなカワイイものもあります。      普段は見ることができない、裏側も少しだけ。 説明の後は自由に見学。       早速、むかしの人々の衣装に変身!誰が一番似合っているかな? 独自の発想、視点での情報発信を期待しています。 今後は“ note ”という投稿アプリや ”Instagram” 、 ”Twitter” などを活用しながら魅力発信していきます。   現在、48名(内歴史系18名)の大学生がサポーターに登録していますので、 今日来館された皆さん以外にも順次、施設見学等をしながら発信予定です。 お楽しみに!  

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