スキップしてメイン コンテンツに移動

#自宅でも考古博 11 「弥生人の右利き左利きを推理する」

 サスペンスドラマや推理小説などで「犯人は左利きだ!」と、捜査員や鑑識の人が残された証拠によって犯人の利き手を推理する場面がありますよね。考古学でも、遺跡から出土する資料を手がかりにして、作った人や使った人が右利きか左利きかを推理することがあります。

 まず、弥生時代後期の土器を見て見ましょう。この頃の土器は、平行する溝を刻んだ羽子板のような道具を使って土器の表面を叩きしめているため、その溝の痕跡が文様となって残っています。この溝状の文様は右上がりのものが圧倒的に多く、ごくたまに左上がりのものが見られることから、前者が右利きの、後者が左利きの土器製作者によってつくられたものと考えられています。
左側:左利き、右側:右利き
(津万遺跡群/西脇市)

 次に、弥生時代に稲穂を摘むのに使われた石庖丁を見てみましょう。

 近畿地方で見つかる石庖丁は、刃の片面側だけが研がれています。そこで、刃の研がれた面をA面、研がれていない面をB面とします。
 また、石庖丁を手に持つため、紐を通す穴が2つ開けられており、その位置は真ん中より少し片側に寄っています。
左側に寄った位置に穴が開けられた石庖丁(A面)
(玉津田中遺跡/神戸市西区)

 刃は片面側だけが研がれているので、裏返しては使いません。また、紐を通した穴の周囲には、長年の使用ですり減った「紐ずれ」の痕が見られます。

 穴の角や表面がすり減っている「紐ずれ」の箇所は、刃の研がれた面(A面)では2つの穴どうしを結ぶ方向(横方向)に、刃の研がれていない面(B面)では2つの穴からそれぞれ上方に観察されます。
石庖丁(B面)の紐ずれ(七日市遺跡/丹波市)

石庖丁の使用法

 この紐ずれの法則から、図のような稲穂を摘む方法が推測できます。すなわち、刃の研がれていない面(B面)を上に向けて持ち、親指をのばして稲穂を挟み、刃の先を押し上げて手首を返すように「ぷつっ」と切るのです。

紐ずれと利き手

 多くの石庖丁をみると、この2つの穴の位置が、A面から見て左側に偏っているもの(石庖丁①)と、右側に偏っているもの(石庖丁②)の2者あることがわかっており、使用法から考えて、前者が右利き用、後者が左利き用であると推定されます。
 七日市遺跡(丹波市)では石庖丁②が全体の約3.6%を占めており、大半は石庖丁①です。 

 世界各国で調べられた左利きの割合は各地で2~30%の幅があり、全体では概ね10%程度という数字が出ています。
 七日市遺跡では、石庖丁②を使っていた3.6%の人だけが左利きだったのか、あるいは左利きの人の一部が右利きに矯正されたために本来の左利きの割合(約10%)よりも減ったのか、はたまた二刀流で両手同時に石庖丁を使える達人がいたのか。
 石庖丁の使用法と利き手の謎を解くには、さらなる証拠が必要なようです。
(学芸課 上田健太郎)

このブログの人気の投稿

あなたは縄文人? 弥生人?

人の顔形はさまざま! 顔の輪郭、髪の毛、眉の形、目・まぶた・鼻・口の形は各人ちがいますが、 これらのパーツも縄文人に多い形、弥生人に多い形があります さて、あなたは 縄文人? 弥生人? まずは「自分の顔をつくってみよう」 縄文顔:四角い顔、太い眉、どんぐりまなこ、二重のまぶた、広がった鼻、分厚い唇、毛深い 弥生顔:面長顔、細い眉、切れ長の目、一重のまぶた、小さな鼻、薄い唇、ひげが薄い まず自分の顔をつくってみましょう これらのパーツをつかって・・・ 自分の顔をつくってみましょう そして、左のページを持ち上げ、右の顔に被せるように折りたたみます そして開いてみると 左に顔が移りましたが、 緑 と 橙色 のパーツに 緑は縄文人 橙は弥生人 各パーツが混じっています 現代人は 縄文人的な要素 と 弥生人的要素 が混じっているのです。 中国大陸や朝鮮半島などから各時代に渡来し、混血し、今の日本人になったと考えられます 「自分の顔をつくってみよう」 は 考古博テーマ展示室「人」のコーナーにあります 是非自分の顔をつくって、試してみてください!

須磨駅家はあっちかな?

ただいま開催中の 風土記1300年記念特別展・阪神・淡路大震災20年展 「古代官道 山陽道と駅家(うまや)ー律令国家を支えた道と駅ー」 神戸市須磨区に所在する 福祥寺(須磨寺) 古代山陽道 はこの寺の南方の海岸沿い 又は妙法寺や大山寺付近を通るルートが考えられています 須磨駅家は大田町遺跡も候補地であり、福正寺奥の院から望んでみました 福祥寺奥の院から高野山方向を望む (須磨駅家は手前の家並み付近か) JR須磨駅方面から参道を北にすすんで、龍華橋を渡れば 「仁王門」 堂々とした 八脚門 駅家の正面の門も八脚門です この門には 鬼瓦が さらにすすむと 唐門付近からみる本堂 ここにも いたるところに 「鬼瓦」 山陽道の駅家の発掘でも鬼瓦が出土しています このように使われていたのでしょうね 宝物館では源平ゆかりの宝物や歴史的遺物が展示されています 県指定文化財の「鰐口」(わにぐち) 貞治5(1366)年銘 鰐口は本堂正面の軒先上部に吊り下げて打ち鳴らす仏具 ♪宝物館前には考古博のパンフレットも掛けられていました!ありがとうございます♪ 旧海岸線沿い、古代山陽道が通り、 須磨駅家は前方付近にあったのでしょう 皆さんも古代山陽道や沿線の歴史文化遺産を訪ねてはいかがですか 風土記1300年記念特別展・阪神・淡路大震災20年展 「古代官道 山陽道と駅家(うまや)ー律令国家を支えた道と駅ー」 好評開催中(6月22日まで) 【お知らせ】 5月10日(土)13:30~15:30 (12:50から整理券配布予定) 特別講演会 「古代の山陽道と瀬戸内海の交通」 松原弘宣(愛媛大学名誉教授) 古代の交通史に関する多数の論文を執筆されています! ご期待ください!

蚕起食桑?

草木が茂り、万物の生気が満ち始めるこの頃を、二十四節気で「小満」といい、その最初の5日間を「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」と呼ぶそうです。 考古博の芝生広場には桑の木があり、葉が盛んに茂っています。 蚕が食べるのはヤマグワの葉らしいですが、この桑の木はマグワです、たぶん。 人には葉は食べられませんが、実が食べられるのはもう少し先みたいですね。 雨もそろそろあがりそう。新緑の考古博もお楽しみ下さい! 特別展講演会のご案内 5月24日(土)13:30~15:00(入場券配布12:50予定) そこのけそこのけ駅馬(はゆま)が通る」 馬場 基(奈良文化財研究所) 風土記1300年記念特別展・阪神・淡路大震災20年展 「古代官道 山陽道と駅家(うまや)ー律令国家を支えた道と駅ー」 6月22日(日)まで開催 詳しくは考古博ホームページをご覧ください http://www.hyogo-koukohaku.jp/

過去の記事一覧

もっと見る