スキップしてメイン コンテンツに移動

特別展関連講演会「土器棺墓ー生と死を媒介する土器ー」

折り返し地点を過ぎ、ますます熱い盛りあがりをみせる当特別展。
5月25日(土)に関連講演会「土器棺墓―生と死を媒介する縄文土器―」を開催しました。

講師は、奈良県立橿原考古学研究所の 岡田 憲一 指導研究員です。
近畿地方を中心に縄文時代の研究をしておられる岡田先生に、
「墓」として使われた縄文土器を切り口にして、縄文人の精神に関するお話しをいただきました。
はじめに、今の人類に先んじて活動したネアンデルタール人が、遺体の下に花を敷いて埋葬していた跡が見つかったイラクのシャニダール洞窟の発掘例から、「死んだ人を悼む」意識があったとされる学説をご紹介いただきました。
今からはるか数万年も前より「葬る」ことが意識されていたかもしれないことは驚きました。
続いて、植物や動物の骨などから判る旧石器時代から縄文時代にかけて、
埋葬法や墓のうつりかわりについて、それぞれの特徴を解説いただきました。


遺跡から出土した“人骨”について、見つかった当時大きな話題になった辻井遺跡(姫路市)出土の人骨や、館の常設展示にある日笠山貝塚(高砂市)出土の縄文人の人骨についても説明がありました。

土器に死体を入れて、棺にしたものを広く「土器棺」と呼びます。
縄文時代の終わりごろに各地でみられますが、九州が特に盛んで、時代を経て近畿地方に広がりをみせます。
遺跡ごと/地域ごとの特徴について説明がありました。

土器棺墓の特徴について、焼いた骨が出土した事例がすでにあることや、
骨の変質から一度どこかに葬ったものを改めて埋葬し直した様子があることを紹介されました。

土器を死者の棺として利用したのはなぜか?という問いに対しては、「想像を含めて」と前置きされながら、
「煮炊きにつかう土器が「食べる=生きる」ことのシンボルとして捉え、その器をつかうことで生死の過渡期をつなぐものだ」とする説や、土器棺に葬られた骨が離乳期前の幼いものが多いことなどから、土器を母体に見立てたとする説を語られました。


講演の最後には、周辺の環境と折合いをつけながら生活していた縄文人が、どのような気持ちを抱いていたのか。その手がかりを一つ一つの事例から読み解いて縄文人の想いに近づけたい、との熱い想いを語られました。
時をこえて人の気持ちに迫る大変興味深い内容でした。
会場に入りきらない方々にも、外のモニターから講演の様子をご覧いただきました。


講演終了後には岡田先生に特別展の見どころについて解説いただきました。
佃遺跡(淡路市)出土の縄文土器を前に。
岡田先生は佃遺跡の出土品整理に参加され、出土土器を分析されました。
出土品の詳しい説明で、参加者の皆さんも熱心に展示をご覧いただきました。
「土器をさわろう」ブースでは、深鉢を持ち上げて重さを感じていただきました。
実物の縄文土器に直接ふれていただく体験は、大変好評です。次の機会もお楽しみに。



次回の講演会は6月8日(土)、当館名誉館長・石野博信が
「ひょうご5か国の縄文を歩いたころ」というテーマでお話します。
どうぞご期待ください。ご来場お待ちしております。


このブログの人気の投稿

あなたは縄文人? 弥生人?

人の顔形はさまざま! 顔の輪郭、髪の毛、眉の形、目・まぶた・鼻・口の形は各人ちがいますが、 これらのパーツも縄文人に多い形、弥生人に多い形があります さて、あなたは 縄文人? 弥生人? まずは「自分の顔をつくってみよう」 縄文顔:四角い顔、太い眉、どんぐりまなこ、二重のまぶた、広がった鼻、分厚い唇、毛深い 弥生顔:面長顔、細い眉、切れ長の目、一重のまぶた、小さな鼻、薄い唇、ひげが薄い まず自分の顔をつくってみましょう これらのパーツをつかって・・・ 自分の顔をつくってみましょう そして、左のページを持ち上げ、右の顔に被せるように折りたたみます そして開いてみると 左に顔が移りましたが、 緑 と 橙色 のパーツに 緑は縄文人 橙は弥生人 各パーツが混じっています 現代人は 縄文人的な要素 と 弥生人的要素 が混じっているのです。 中国大陸や朝鮮半島などから各時代に渡来し、混血し、今の日本人になったと考えられます 「自分の顔をつくってみよう」 は 考古博テーマ展示室「人」のコーナーにあります 是非自分の顔をつくって、試してみてください!

官兵衛は有岡城で幽閉されていなかった!?

8月9日(土)台風11号接近の中 大勢の参加者でした 「摂津国の城と官兵衛の足跡」 伊丹市教育委員会社会教育課長 中畔明日香さん 有岡城のある伊丹の変遷を主に講演! 室町時代・・・伊丹氏の活動拠点 室町時代末ごろ1573年織田信長から摂津国一職として摂津国を治める権利を与えられた・・・ 荒木信濃守村重 天正2年1574年伊丹氏を追放し荒木摂津守村重が入城 天正6年10月ごろ信長を見限る 同年12月信長軍、総攻撃するも惨敗 天正7年10月信長軍、侍町を焼く(発掘でも裏付けられた) 黒田官兵衛は 天正6年11月以降に有岡城へ、村重説得に・・・ 有岡城で土牢で幽閉されたと言われているが、城内には世話人もいたとか・・・ 土牢は確認されていない プライベートでは官兵衛と村重は懇意にしていたとか・・・ 台風接近の中 100名を超える方々が聴講されました 土牢から見た「藤」に元気づけられたとか・・・ どうも作り話らしい 文献などが少なく、史実に不明なことが多いのですが・・・との説明 判りやすく 有岡城と荒木村重と黒田官兵衛について説明いただきました 講演後、お忙しいところ 特別に解説 解説会において「摂津国の城」パネル資料が配付されました! 11月に開催される 伊丹ロマン事業へどうぞお越しください! 【お知らせ】 講演会 兵庫五国の考古学 8月23日(土)13:30~15:00 ( 入場整理券配布13:00) 淡路国の城と官兵衛の足跡 講師 金田 匡史(洲本市教育委員会) 当日受付 定員120名 無料(講堂にて) 官兵衛が活躍した時代「淡路国の城」の実態はどうだったのか 毎回、大勢の聴講者がいらっしゃいます 講堂内が定員になりましたら メインホールにてモニター席での聴講になります ご了承ねがいます こうこはくはクールスポット期間中 7月1日(火)~9月30日(火)まで 観覧料金は通常料金の 半額 です 詳しくは下記を参考に http://w...

明石駅・西明石駅のむかし

特別展「鉄道がきた!ー舟運・海運・馬車道・鉄道ー」 写真展 協力:西日本旅客鉄道株式会社神戸支社 明石駅・西明石駅のむかしの写真があります 明石駅・西明石駅のむかし 昭和9年の明石駅 昭和30年代前半の明石駅 昭和39年の明石駅 昭和47年の西明石駅(新幹線) 西明石駅の在来線と新幹線(昭和47年) 大阪ー神戸間開通140年記念写真展 是非ご覧ください 【お知らせ】 11月1日(土)10:00~16:00 兵庫県立考古博物館とその周辺を会場に 全国古代体験フェスティバル 2014を開催 雨天決行! ---------------------------------------------------------------------- 大阪ー神戸間開業140周年記念写真展 協力:西日本旅客鉄道株式会社神戸支社 11月30日(日)まで 1階エントランスホール ---------------------------------------------------------------------- 次回の特別展講演会 11月8日(土)13:30~15:00 「山陰山陽連絡鉄道敷設計画と播磨・境ルートの検証」 小西 伸彦 (吉備国際大学外国語学部准教授) ---------------------------------------------------------------------- 11月15・16日(土・日) 15日:12:00~15:30 16日:10:00~15:30    ミニSLやミニ特急列車に乗ろう!(ミニ鉄道走行会)    協力:OSライブスティームクラブ 兵庫県立考古博物館 体験広場にて    ※別途観覧券要・開始30分前から整理券配布・お一人様2回まで    ※小雨決行(天候により中止になる場合があります)。 駅そば・駅弁販売     ~駅弁の掛け紙は復刻デザイン!~    姫路名物駅そば、駅弁...

過去の記事一覧

もっと見る