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竪穴住居復元プロジェクト カヤの修繕と屋根の仕上げ

毎月2回、当館職員とボランティア、明石高専建築科のメンバーで行っている 「竪穴住居復元プロジェクト」。 9月26日は、大中遺跡公園中央にある"5号住居”のカヤの修繕と屋根の仕上げをしました。 以前カヤをとめていた縄が劣化したので、取りかえているところです。カヤがバラバラになる前にやらねばなりません。 作業は2人ペアで行いますが、息が合わないとなかなか上手くいきません。屋根の内側の人との兼ね合いが難しいです。 屋根を葺く前に、縄の結び方を練習するボランティアさん 学芸員が作業のコツを教えます 屋根の押さえは、杉板が飛んでしまわないように竹で押さえています。 しっかり固定させるために、実はこっそり「銅線」をつかっています。 弥生人に負けじと現代人も試行錯誤して、いい家づくりに取り組んでいます。 次回は10 月9日(土)10:00~15:00に行います(天候がよければ)。 ここ数回は大人たちだけで行いましたが、次回は高専生も参加して新しい住居の建築作業を進める予定です。 作業の様子はまたこのブログやSNSでご紹介しますので、お楽しみに!

秋季特別展 開幕直前!準備作業のご紹介

 あさって、10月2日(土)に開幕する秋季特別展「屋根の上の守り神 -鴟尾・鯱-」の準備作業をご紹介します。  鴟尾(しび)・鯱(しゃちほこ)は、古代寺院や城の天守のひときわ目立つ高い位置に置かれた屋根飾りです。普段は近くで目に触れる機会が少ないですが、展覧会では丁寧な表現や、華麗な装飾を間近にご覧いただくことができます。  東出入り口にバナーが設置されました。これを見ると、いよいよだなぁと、毎回感じます。  特別展示室にお借りしている資料を運び入れました。大きなものが気になりますね。  この大きな部材は、会場内に大きな展示台を設置するための木製の台です。  これは展示台の1段目です。4台をつないで一つの大きな台にするので、かなりの大きさになります。  さらに2段目を重ねます。ここには何が展示されるのでしょうか。 展示の解説パネルもできあがりました。  この大きな鴟尾、どうやって展示するのか…、設置の様子をご覧ください。  底板を除いて梱包を解きました。場内据付の展示台に設置しますので、展示台の手前に展示台と高さを合わせた仮置きの台を作ります。  4人がかりで、息を合わせて仮置きの台に持ち上げます。  仮置きの台から鴟尾を展示台にスライドさせます。  細かな位置を決めて、下に敷いている保護の敷物を外して完了です。ホッと一息です。  特別展示室入口のバナーの取り付けです。「全体をあと1㎝上に、あっ、右がちょっと下がった…」  パネルの位置も、高さ、間隔などミリ単位で調整します。  特製の展示台に、鯱を並べていきます。資料はまだまだあります。  大きな資料の他にも、細かな資料の列品、覗きケースの設置など、まだまだ作業は続きます。  この後どのように完成したのか。ぜひ展覧会にお越しいただいて、会場でご確認ください。 *  *  *  *  *  秋季特別展は、10月2日(土)から11月28日(日)までです。  文化の秋、ご来館をお待ちしています。

狐狸ヶ池に異変!? いつもと違う景色が‥‥

 朝、博物館のたんぼを見に行こうと狐狸ヶ池の前を通った時、ふと見ると、白鷺が20羽ほど餌をついばんでいるではありませんか。いつもは決まって主のようなアオサギとシラサギ2~3羽しか見かけないので、少しびっくりしました。こんなのは初めてです。 池の西側 池の東側にも  これだけ多くのシラサギがいる狐狸ヶ池、何か変わったのでしょうか。  そういえば、例年夏にはオニバスが池いっぱいに見られるのですが、今年はついに姿を現しませんでした。 昨年夏の狐狸ヶ池は、オニバスがいっぱい。  貴重な絶滅危惧種です。今年こそ花が咲くかなと、楽しみにしていたのですが‥‥ 今年は残念でした。本当に 狐狸ヶ池に何かあったのでしょうか? 気になります。  それにしても、シラサギが羽ばたいているのを見るのは、小鳥とは一味違って優雅な感じがしませんか? 親子でしょうか。水面に映る逆さシラサギ、狐狸ヶ池の橋の上からご覧いただけます。 9月も終わろうとしています。朝夕涼しくなりましたね。散歩がてらにお越しください。

講演会「兵庫の大型横穴式石室」

9月18日に、兵庫考古学研究最前線2021「古墳時代の兵庫」の第4回目『兵庫の大型横穴式石室』を開催しました。 講師は櫃本 誠一 当館名誉学芸員。 兵庫県文化財担当職員のOBで、兵庫考古学の初期を牽引してこられたお一人です。 今回のご講演は、古墳時代後期の埋葬施設である横穴式石室に関するもので、県指定史跡の文堂古墳(香美町)をはじめとして、当県に所在する様々な形態をした横穴式石室の解説と、その大きさ、変遷、地域性などに関する研究成果をお話いただきました。 文堂古墳の出土品は、櫃本先生がいらっしゃった大学が、2006年に調査し、2014年に報告書が刊行されたもので、特に念入りに詳しくお話いただきました。現在これらの出土品は県指定文化財となっています。 文堂古墳は兵庫県の北部、香美町に所在し、金色に輝く金銅装の大刀(頭椎大刀:かぶつちのたち、双龍環頭大刀:そうりゅうかんとうたち、圭頭大刀:けいとうたち、銀装大刀など)や馬具といった多くの豪華な副葬品が出土したことで知られています。その石室は畿内と但馬地域のそれぞれから影響を受けたものと考えられるそうです。 そして、大刀や馬具、石室に表現された被葬者の階層についても触れられ、但馬には在地の階層性と畿内政権を中心とした階層性の二重構造が存在したとする説があることを紹介されました。 さらに、前方後円墳の終わりと横穴式石室のはじまりには重なりがあり、横穴式石室を埋葬施設とする前方後円墳が存在すること、そして、その石室の特徴についてもご講演いただきました。 但馬を中心に、横穴式石室や出土品から当時の地域社会の様子がわかる事例として、大変詳細に、具体的にお話していただきました。

展覧会終了後の撤収作業

 展覧会の準備作業は毎回お伝えしていますが、今回は夏季企画展「淡路島発掘」の撤収作業について、簡単にご紹介します。  大きな遺物は二人掛かりで慎重に箱詰めします。力仕事なのは列品作業の時と同じです。  館所蔵の遺物ですので、収蔵庫までのわずかな距離の移動ですが、破損しないようきちんとクッションを入れて備えます。  目玉資料などを入れるガラスケース(覗きケース)です。蓋は、それ自体はかなりの重量ですが、油圧で軽く開きます。  小さな遺物は、一つ一つ保管場所を記載したシールと照らし合わせてビニール袋に入れていきます。  ガラスケースの下部です。ケースの底に調湿剤を入れておくスペースがあります。湿気の調整は遺物展示の大事なポイントで、展示物に合わせて一定に保つことが重要です。  遺物にはそれぞれどこかに番号などが貼られて、管理されています。展示の時に見えない場所、もしくは見えないように展示するなど工夫します。この番号により同じような大きさ、形状の遺物が複数あっても特定できます。  この遺物に貼られた番号と同じ575と書かれた袋に収めます。この袋には保管場所などを記載したメモが入っています。  ごく小さな遺物も一つ一つ分けて袋に入れます。  他館からお借りしてきた遺物や資料は、間違えの無いように借用時のデータと照合しながら収納します。  靴を脱いで、きちんと正座して袋詰め作業をします。厳かです。背筋がピンと伸びます。  この資料は、引き続き別の場所で展示される人気者です。  後日遠方から借用に来られました。  説明ボードや、遺物のキャプションボードもすべて撤収しました。  ほぼ撤収作業が完了しました。  お借りした資料を返却しに行きます。  公用車のワゴンの荷台に積み込み、これから出発です。  今回のテーマ「淡路島発掘」の名の通り、淡路島各市を回ってお返しに上がります。  展覧会へのご協力、ありがとうございました。 *  *  *  *  *  次回の展覧会は、秋季特別展「屋根の上の守り神-鴟尾(しび)・鯱(しゃちほこ)-」が10月2日(土)から開催されます。  月末になりましたら、準備作業などもご紹介いたします。  特別展の内容につきましては、ホームページをご覧ください。    【https://www.hyogo-koukohaku.jp/】  どうぞ、お楽しみ...

講演会「県内最大の中期古墳⁉―雲部車塚古墳―」

8月末に実施しました兵庫考古学研究最前線2021「古墳時代の兵庫」の第3回目『県内最大の中期古墳⁉―雲部車塚古墳―』のレポートをお届けします。 講師は、当館の中村 弘 館長補佐です。 中村補佐は当館の開設準備から関わっているメンバーの一人で、当館がまだ"準備室”だったころ、京都大学総合博物館・京都大学考古学研究室とともに共同研究を行った「雲部車塚古墳研究会」のメンバーとして関わってきました。 その成果を活用し、「雲部車塚古墳」の展示コーナーを担当しました。 当館の展示の中でも朱色の壁が目を引き、ひときわインパクトのある展示となっています。 今回は調査研究の成果と、展示の見どころについてのお話です。 講演はQ&Aの形をとり、 「ぶっちゃけ、どないや?」 という疑問に対して回答する、という形で構成されていました。 「なぜ、「陵墓参考地」になったの?」 「副葬品にはどんなものがあるの?」 「展示のどこを注目すればいい?」 「なぜ、盆地の奥に造ったの?」 「誰が葬られているの?」 「実際のところ、どの程度の古墳なの?」 といった、皆さんの知りたいところに的確に答えていきます。 その合間には開館時のエピソードもあり、雲部車塚古墳の魅力を余すことなく紹介しました。 復元の根拠となった明治時代の絵図の写し 長持形石棺と竪穴式石槨の構築順序と、 埋葬儀礼の諸段階 埋葬施設は、竪穴式石槨を築いてから石棺を納めたのではなく、 石棺を設置し、その周囲を石で囲うようにして竪穴式石槨が築かれたそうです。 講演会に予約してご参加いただいた皆さんからは、 「Q&Aの形がわかりやすかった」 と評判でした。 三角板鋲留異形衝角付冑、 横矧板鋲留短甲、 革綴短甲、 鉄柄矛、 須恵器、 埴輪、、、、 出土品からうかがえる築造年代の根拠や、多種にわたる武器・武具類。 そして、 竪穴式石槨と長持形石棺を合わせ持つことの意味、についても触れ、当時、山陰道最大の古墳である雲部車塚古墳の被葬者像を推定するヒントを提示しました。 これからも、雲部車塚古墳やひょうごの古墳がもつ魅力を発信していきますので、どうぞ、おたのしみに。

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