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ほったんの春季特別展見学Ⅱ

 

 

(ほったん)

春季特別展も残り2週間。先日開幕したばかりと思ったら、時間の過ぎるのは早いね。

今日こそじっくりと鑑賞しよっと。

 

(学芸員さん)

やぁほったん!前回は話が弾んでしまって、土器のところまでしか見れなくてごめんね。今日は一人でゆっくり楽しんでね。

 

 

は~い。

おや!これはボクが説明しているコーナーだ。

ここは実際に手に触れても構わない展示品なので、出土した貝や土器の触感を楽しんでほしいな。

 



 


こちらは「たべもの」のコーナー。

縄文人の食べ物と言えば、やっぱり狩りで仕留めた動物や魚、それから貝だよね。

こちらには遺跡から出土した動物の骨がある。イノシシやシカ、それにクジラの骨まであるよ。

現代人よりもっと多くのいろんな種類の肉を食べていたんだね。

 

 



 

 あれ!これは間違った説明が書いてあるよ!


“遺跡から出土したお米”とあるけれども、「縄文時代晩期」となっている!

水田稲作が始まったのは「弥生時代」なんだから。

こんな基本的な間違いをするなんて、今まで誰も気が付かなかったのかな。すぐに学芸員さんに教えてあげなきゃ。

 



 




あれ、ほったん。急いでどうしたの?

えっ 展示品の表示の記載が間違っているって?

 

 

あぁ なるほど。大丈夫、これは間違いではないよ。

確かに縄文人は動物や木の実などの天然のものを食べていたけれども、縄文時代の早くからクリの木を育てたり、中頃にはマメ、終わり頃にはアワやキビといった穀物も栽培していたことがわかってきたんだ。

 

 

そして、この展示しているお米は、神戸市西区にある玉津田中遺跡から出土した縄文時代晩期(後期よりも後の時期)のもので、炭化しているね。

 

 

 

お米を炊き過ぎて、焦げてしまったのでこんな風になってしまったのかな?

 

 

そういった例もあるだろうけど、お米は焼かれなくても炭化することがあって、長い年月の経過により化学的変化が生じて炭化(化石化)してしまったとの考えもあるんだ

 

 

 

ほったん、こちらを覗いてごらん。


 
 この矢印の先のところにお米の籾(もみ)の痕(あと)が確認できるよ。

 

 

う~ん分かりにくいけど、そう言われれば丸くて細長いくぼみのようなものが見えるね。稲作をしていたということか。

 

 

同じ玉津田中遺跡で弥生時代のものも出土しているよ。

 

わ~イノシシの骨、それに鳥や魚の骨もある。

なるほど、稲作が始まってお米が主食にはなったけれど、狩猟もまだまだ食料として重要な存在だったんだね。まー、今もそうだけどね。



 

あっ タコ壷まである。

ボクの大好物の明石焼きも食べていたのかなぁ~。




 

  

次は「ファッション」についての展示だ。

へー 縄文時代にもまが玉があったんだ。よく見かけるC形のものとは少し違っているね。




 

そうだね、弥生時代の装身具には縄文時代から続くものが多くみられるよ。ただ、形や素材が変化していて、まが玉がC形に定まったのは弥生時代になってからだね。

 

そうか。じゃあ館のミュージアムショップで売っている、まが玉クッキーは弥生時代製なのかな?

           


 

そんなこと考えていたらおなかが減ってきちゃった。

せっかくだから「カフェすまいる」でかつめしとクッキーでも食べよっと!



ほったん、そんなペースじゃあ、とても全部見ることができないよ~。



           ☕「カフェすまいる」おおなか

          かつめし600円(コーヒーを付けて700円)など。

            今時、この値段でお昼ご飯は食べられません!

           

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