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企画展関連講演会「畿内からみた弥生・古墳時代の壱岐」

暑さも盛りの8月3日(土)、
企画展「壱岐の古代文化」関連講演会第2弾として、
「畿内からみた弥生・古墳時代の壱岐」を開催しました。

講師は、当館の和田晴吾館長です。

この日も会場は満員です。

はじめに、館長が壱岐島の調査に訪れた際に撮影した写真をスライドで
紹介しながら、壱岐島の風土について説明がありました。
その位置が、東アジアにおける壱岐の重要性を表している、とのこと。



今回の企画展で展示中の遺物を中心に、多様な出土品から
弥生~古墳時代の一支国の交流について探っていきます。

日本の弥生時代、朝鮮半島にあった三韓や楽浪で使われていたものと
共通する特徴の土器をはじめ、中国大陸で作られたとみられる青銅製の
やガラス製のトンボ玉など多様な遺物が出土している原の辻遺跡。


東アジアの交易拠点と考えられるこの遺跡では、天秤ばかりの錘=権(けん) が
出土、この時代から交易の場で天秤を使っていたことがわかります。
 また五銖銭(ごしゅせん)や貨泉(かせん)といった中国の貨幣も
出土していますが、今のように売り買いで使われたのではなく、
銅製品の素材の交易品として持ち込まれたと考えられています。
さらに西日本各地から運ばれた土器も多く出土し、
九州や瀬戸内の土器とともに、近畿地方で使われていた土器も見つかっています。
一支国が幅広い交流をしていたことがわかります。


海に囲まれた壱岐の漁撈文化について、触れられました。
生産の拠点と考えられるカラカミ遺跡では、鯨の骨を使ったアワビオコシや
鉄のヤスなど、潜って魚を捕る道具が数多く出土しています。
また、大阪湾周辺で出現し、弥生時代の終わりごろに西方へ広まっていった棒状の土錘が原の辻遺跡から出土するなど、ここでも畿内との交流がみられます。



 続いて、古墳時代の壱岐の様子について、説明が移ります。

5世紀後半の大塚山古墳に始まって6世紀後半から7世紀初頭に盛期むかえる
壱岐には280基あまりの古墳があり、横穴式石室に注目して紹介されました。
基本は中国北朝の影響を受けた九州系石室が使われますが、
7世紀ごろに畿内で多くみられる石室と
共通するものが現れ、棺の使用も確認できるとのこと。
特徴的な副葬品として2点紹介がありました。1点は双六古墳出土の
「北斉二彩陶器」。古代の中国北部にあった「北斉」時代の陶器で、
鮮やかな色が目を引きます。
ぜひぜひ展示室で実物をご覧ください。

もう1点笹塚古墳出土の馬具。スッポンとイモガイの形をしています。
亀はおめでたい動物とされ、またイモガイは南の島でとれる貝で腕輪
として使われるなど、古くから貴重な存在でした。
イモガイ型の馬具は、九州と北関東~南東北で多く出土しています。
石室に彩を描いた装飾古墳などの分布と重なり、
九州の古墳時代の動向と重ねて熱のこもったお話がありました。
*  *  *

講演会の終了後には、展覧会場にて担当学芸員による展示解説がありました。


講演の余韻とともに、多くのお客さまが熱心に観覧しておられました。


次回の講演会は8月10日(土)、
壱岐市より田中聡一学芸員(壱岐市教育委員会社会教育課係長)をお招きし、
「壱岐の古墳文化―280基の古墳が物語る壱岐の古墳文化―」を開催します。
どうぞご参加ください。






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