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オルセー美術館(ゴッホとか)

オルセー美術館の建物は、もとは1900年のパリ万博にあわせて建設されたオルセー駅です。
19世紀半ばから20世紀の初めころの印象派やポスト印象派の展示で有名です。
個人的にはアール・ヌーボーの家具がエジプトっぽくて面白かったです。
 

 駅舎であったことが納得できるメインホール。
 ゴッホの自画像(睨んできて怖すぎる)
 ローヌ川の星(この川も増水しているようで・・)
 オーヴェルの教会
 ミレーの晩鐘
 落穂拾い(昔、家に刺繍のクッションがありました)
 あちこちで、展示解説が行われています
 ま、学生さんは「それなり」の聞き方でした。
後ろで先生らしき人がう腕組みをして見張っています。
 
 
おまけ
 セーヌ川が増水していると聞いていたのですが・・
ご覧のとおり。
水が堤防を超えそうで、ちょっと怖かったです。
避難したネズミが右往左往していました。
 
オルセーは「これでもか」っていうほど展示してありました。
おなか一杯です。
展示手法や解説には特段の工夫はしてありませんでしたが、
ここでは必要ないようです。
それにしても、こんな作品が並ばずに見れるなんて・・・
 
次はルーブル美術館です。
もっとすごい。
 
 
 


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