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この塚を見たか 菅原道真 シーボルト 伊能忠敬

この塚を見たか 菅原道真 シーボルト 伊能忠敬
摂津と播磨の国境から西側の地に
史跡 五色塚古墳 小壺古墳が存在する

五色塚古墳は播磨最大であり、兵庫県内最大の前方後円墳
築造されたのは4世紀の終わりごろ
この古墳は大きく壊されることなく、国史跡に指定
我が国で初めて本格的な古墳整備がされた古墳としてとして公開されている

この古墳は淡路島に面する海岸沿いの丘陵上に位置し、その海側すぐのところを
古代山陽道、中世筑紫の大道、近世の西国街道が営々と保たれてきた

五色塚は播磨の地や明石海峡を掌握した「王」の墓と考えられている

この古墳を後世 菅原道真が・・・ シーボルト一行が・・・ 伊能忠敬測量隊が・・・
歴史上の人物多数が見ていたのでしょう。

菅原道真は888年、讃岐国司として赴任する際に明石駅家にて「駅楼の壁に題す」との漢詩をよんでいる。駅館に楼閣があったのでしょうね。また大宰府に左遷され下る途中、同情する明石駅長に駅亭の長、見て驚く。驚くことなかれ 時の変改するを 一栄一落 是れ春秋」(『菅家後集』)「駅長よ、驚くなかれ。一栄一落が人の世の定めなのです」と語ったと伝えられています。

シーボルトは「江戸参府紀行」を記している。考古博の近くの土山から淡路島を望んでいる記事がある。いろんなものに興味を抱いていたシーボルトのこと「五色塚古墳」も見ていてもおかしくない。

伊能忠敬が記述した「伊能忠敬測量日記」(国指定重要文化財)において、須磨から垂水を通過し舞子や明石方面に歩いたのは第5次(文化2~8次調査です

第5次調査 文化2(1805)年から、陽暦11月 尼崎から岡山に行く途中「西須磨村出立」、この地の海岸部を測量し通過し、「明石大倉谷駅迄測る」
調査は畿内・中国方面の測量、忠敬61~62歳、出張日数640日 測量距離5,383Km

第6次調査 文化5(1808)年から、陽暦4月 須磨から舞子に行く途中通過、舞子浜から淡路島の岩屋に渡る
調査は四国・大和路方面の測量、忠敬64~65歳、出張日数377日 測量距離3,442Km

第7次調査 文化6(1809)年から、須磨から垂水を通過
調査は九州東南部と地域の往還路(山陽道の街道筋を含む)を測量 忠敬65~67歳 出張日数631日 測量距離7,005Km
この日誌、文化7(1810)年1月11日(旧暦)の記述に「西垂水村、(此村中に仲哀天皇陵というあり。千壺という。壺おおくあり)迄測る。」とある。忠敬は測量する一方、近傍の名所旧跡などにも目を向け詳細な事項を記述している。

第8次調査 文化8(1812)年から、忠敬67歳~70歳、出張日数914日 測量距離11,530Km
調査は九州残部と往還路、この付近は無測量にて通過
※参考 渡辺一郎 「伊能忠敬の地図をよむ」 2000 河出書房新社   

五色塚古墳は復元整備され公開されています
古墳の海沿いを各時期の道が通っていたのでしょう

古墳の脇には資料も展示されています

前方部の先は明石海峡
そして淡路島

前方部の先端は一部山陽電車用地となっています
おそらくJR山陽本線付近まで周濠が続いていたのでしょう

五色塚古墳から東方の鉢伏山を見る
右端が海岸沿い
各時期の「道」が通っていたものと考えられます


【お知らせ】
現在開催中の特別展は

風土記1300年記念特別展・阪神・淡路大震災20年展
「古代官道 山陽道と駅家(うまや)ー律令国家を支えた道と駅ー」
6月22日(日)まで
お見逃しなく!
詳しくは考古博ホームページをご覧ください

特別展開催中のイベント
(土・日)13:00~13:30 紙芝居
会期中の(日)13:30~14:00 学芸員による特別展解説

開館中のイベント
(土)14:00~15:00 ときどきドキドキ体験!石棺に入ろう
(日)14:00~15:00 ときどきドキドキ体験!古代船に乗ろう

いつも新しい発見が・・・
兵庫県立考古博物館へご来館ください!




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