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まが玉づくりを体験しませんか! 地元ケーブルテレビの番組取材

  地元ケーブルテレビ(BAN-BANテレビ)の取材を受けました。東播磨県民局の広報番組用のようです。12月放送予定で、播磨町のお出かけスポットを取り上げたコーナーで「であいの道」周辺を中心に紹介するにあたり、考古博物館で何か体験をしているところを取材したいということでした。

 当日は、ディレクター、カメラマン、リポーターと3名の方が来られました。体験するリポーターさんが女性なので、アクセサリーとして使っていただけるまが玉づくりを体験していただくことにしました。
 指導するのは学習支援課の永惠学芸員です。

 体験に使う材料は、館内のミュージアムショップで販売しています。
 左の白いまが玉が430円、右の薄いピンク色のまが玉が560円です。
 まが玉の石、首から下げる紐、石を削る紙やすりの3つが入っています。

 まず最初は長方形のまが玉の石に、鉛筆でまが玉のデザインを書きます。次に、まが玉を吊り下げる紐を通す孔をキリで開けます。

 キリで孔をあけているところです。キリを使い慣れていないと、力の入れ具合が少し難しいかもしれませんが、そこは優しく学芸員がコツを伝授します。

 次に、鉛筆で書いた形に削っていきます。当館では砥石を使って削ります。
 キットのまが玉の石材は、誰でも作りやすいように、柔らかい滑石(かっせき)という石を使っています。
 「力を入れすぎると削りすぎてしまうので、用心してくださいね。」とやさしく助言。


 一番難しいのが、いわゆるお腹の部分、丸くくぼみをつけるところです。

 丸い棒に紙やすりを巻き付けて、お腹の部分をこするように削ります。
あとは、全体を目の細かい紙やすりで、まーるく削りながら磨いて仕上げます。

最初にあけた孔にネックレス用の紐を通します。

 はいっ! これで完成です。世界でひとつしかないまが玉を手にしてリポーターさんもうれしそう。

 最後に館内の東側の出入り口にある「ときのギャラリー」を撮影して、取材は終了しました。

 番組は、BAN-BANテレビで流れます。番組のコーナーの中で3分弱ぐらいの紹介になるようです。放送の詳細が分かりましたら、ホームページでお知らせします。

 *  *  *  *  *

まが玉づくりの体験!

先に紹介しましたように、本館ではまが玉づくりの体験ができます。当日受付で、
①10:30~11:30
 ②13:00~14:00 
③14:30~15:30
各回定員3組です。

 なお、ご購入いただく材料キットには、まが玉用の石材のほか、作成手順の簡単な説明書と紙やすり、首飾りにするヒモが付属していますので、ご自宅でも作れます。
 体験後、ご家族やお友達へのお土産にもいいのではないでしょうか。
(写真のまが玉の石に、まが玉のデザインを鉛筆で書いてみました。こんな感じでいいかな?)


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