9月12日(土)に秋季特別展「土器からみる弥生時代中期社会」が開幕しました。 この特別展について簡単になりますが、ご紹介します。 ひとくちに「弥生土器」と言っても、実は時期や地域により大きな違いがあります。 弥生時代前期の土器は形・文様ともに広い地域で共通性がありました。 それが、中期になるとその用途に応じて様々な器種が表れてきます。また地域によって形態や紋様・装飾・色などの違いも顕著になっていきます。 それに対して、後期になると装飾や文様が施されない無文化・小型化が進みます。中期を特徴づけていた大型受口壺の消滅、甕(かめ)の小型化、文様による装飾の消滅、簡略化がおこり、土器製作の省力化が各地で進行していきます。 そこで、今回の展示では兵庫県をはじめ隣県を含めた東部瀬戸内海地域における弥生時代中期の様々な特徴を持つ土器を集め、その共通性や独自性などを比較し、中期の土器の多様性について検証していきます。 このブログでは代表的な弥生時代中期の土器を3点紹介したいと思います。 まず、一つ目 こちらは東播磨地域を代表するもので、神戸市西区の「玉津田中遺跡」出土の土器です。 東播磨地域の広口壺 東播磨地域の土器は、白っぽい焼き上がりが特徴です。 広口壺の頸部(胴部と口縁部の間の細くなっている部分)には、横方向に張り付けられた 突帯(帯状の装飾)の上に、部分的に縦方向の 突帯(棒状浮文) が貼り付けられ、胴部は櫛描(くしの歯状の道具で一度に平行な線が複数本引ける)の直線文と波状文で飾られています。 これらの特徴は播磨灘沿岸に共通してみられる土器の飾り方です。 続いて、二つ目 こちらは吉備地域を代表するもので、岡山県岡山市の「南方遺跡」出土の土器です。 吉備地域の広口壺(岡山 市教育委員会蔵・当館写真撮影) 吉備地域の広口壺の胴部は、播磨灘沿岸と共通する櫛描の直線文と波状文で飾られています。 一方で、頸部には指先を押しつけて付けた 突帯(押圧突帯文)が貼り付けられています。 櫛描のように刻む(線を引く)のではなく、粘土ひもを貼り付け、指を押しつけて痕跡を残すような手法を用いており、 これらが吉備地域の特徴となっています。この押圧された突帯は他の形をした壺にも広く用いられています...
弥生の村、史跡大中遺跡に隣接したフィールドミュージアムです。