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古代米の稲刈り作業 -小学生の古代体験-

 青空に恵まれ、秋の一日、考古博物館恒例の稲刈りを実施しました。




 例年は、地元蓮池小学校の5年生が、6月に田植えをして、それを自分たちで刈り取るのですが、今年はコロナウイルスの関係で、当館のボランティアが田植えをしました。
 奥から種子島赤米、ハリマモチ、ヒノヒカリ、壱岐黒米、対馬赤米がたわわに育っています。赤米と黒米は古代米です。

 児童はクラスごとに、4班に分かれて順次稲刈りをします。
 最初に担当職員から注意事項があり、簡単に稲刈りの歴史について学習をします。

 古代体験として、石包丁を使ってみます。右きき用と左きき用があります。

 児童たちは、一列に並んで目の前の稲を刈っていきます。田んぼの担当者が、けがなどしないように注意しています。

最初は石包丁で稲穂摘みの体験です。
穂のすぐ下の部分に刃を当てて、素早く手首を返してカットするのがコツです。
一本ずつ行うので大変な作業です。古代ではこうして苦労して収穫していたんですね。

 続いて鎌の使い方についての説明です。今回使っている鎌は、刃がのこぎり状になっているものなので、単に引いて切るのではなく、少し回転させるようにして切ると簡単に切れます。

 早速実践です。できるだけ地面に近い部分を切ります。
 切った稲を3束ほどまとめ、切り口をできるだけ揃えて、後ろに控えている結束作業のボランティアに渡します。

 結束班は、けっこう人数はいるのですが、児童が作業になれてくると大忙しで大変です。

児童が入れ替わるたびに、結束作業をするビニールシートを移動させます。
大分、刈り取りが進みました。

 今回はかなり田んぼがぬかるんでいたので、運動靴はドロドロになりました。
 後ろの児童はお腹まで泥が付いています。よく頑張ってくれました。ありがとう!
楽しかったかな?

 時間切れになったので、残りは職員とボランティアで刈り取りました。

 田んぼの整理をして稲刈りは無事終了。
 これらのお米は、11月に脱穀したあと、1月に蓮池小学校の給食のご飯になります。
 自分たちが刈り取ったお米、どんな味がするのかな? おいしいかな?
 楽しみにしていてください。

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