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半年に一度のお祓い「ひとがた流し」

 


今年も「ひとがた流し」の時期がやってきました。


6月30日は「夏越しの大祓(なごしのおおはらえ)」といって1年の前半のなかで心身にたまった厄を祓い、残り半年間の無病息災を祈る行事です。「大祓」は6月と12月の年二回行われます。今回は夏越しの大祓ということで、前半の厄払いです。

 

考古博では平成20年から続く夏の恒例行事で、現在は当館のボランティア団体「ひょうご考古楽倶楽部」が主催で寸劇を交えた楽しい解説での体験イベントが開催されています。



 人形(ひとがた)とは、人の形をした木のことで、古代では自然災害や疫病などの災いは、自分や周りの人の行いが招いた穢(けが)れ〔厄や罪という言い方もされる〕によって起こると信じられており、人々は折々に、自分の身についた悪いものをひとがたに移し、身代わりとして水に流すことによって、穢れが消えると考えていました。この行事はその後、陰陽師たちにより広められ、今でも紙の人形を使って神社などで行われています。

 

イベントでは、ひとがた流しの前に平安時代の文献「延喜式」に基づき、宮殿の中で行われていた儀式を行います。ボランティアさん扮する中臣(なかとみ)が「大祓詞(おおはらえのことば)」を唱え、儀式は完了です。

        


会場内にいたお子さんも劇に参加してくれました。小学4年生だそうですが、協力依頼の言葉に一番に手を上げて大役を引き受けてくれました。
この積極性があれば、あらゆる厄払いができるに違いありません。



さあ、いよいよ「ひとがた流し」の開始です。

儀式後に配られた、人のかたちをした木の板に、顔を描いていきます。

自分の顔でもいいし、病気の人の顔を思い浮かべてその人の顔を描いてもいいようです。


うまく描けているかな。


 

描けた人から屋外へ出ましょう。

榊(さかき)の葉が入ったきれいな水で手を清めます。

 


祓いどころで「お祓い」を受けます。

お祓いが済んだら、脇にある祭壇に向かって一礼をします。



 

では、ひとがたを流しに館敷地内に復元された溝に向かいます。 

自分のなかの悪いものをひとがたに移すため、ひとがたをなでて、それから「ふうっ」と息をふきかけます。 これで、悪いものがひとがたに移りました。祈りを込めて流しましょう。

皆さん自分のひとがたを見守っています。
「あれ、お父さんのひとがた、どんどん他の人に抜かれていってるよ」
といった声が聞こえてきました。競争ではないので大丈夫ですよ。



豊岡市の袴狭(はかざ)遺跡群では、人や馬、船などの形をした板が1万点以上も見つかっています。但馬地域全体の厄ばらいのために、一度に大量の人形を流していたようです。

人形と一緒に使われた、馬の形をした馬形(うまがた)や船の形をした船形(ふながた)は、人形に移された災いを遠くに運ばせるために一緒に流されました。

当館では、遺跡から出土したひとがたを常設展示していますので、ぜひ実物をご覧ください。
昔の人が描いたユニークな顔もありますよ。


なお、大祓の神事として茅の輪(ちのわ)くぐりがあります。

生命力のある青々とした茅(ちがや)で作った輪をくぐるもので、近くでは日岡神社の夏越祭などで行われています。

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