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遺跡ウォーク「但馬の王墓をめぐる」(11.15)

 天候の回復が遅れ、時々霧雨の降る中、参加者・スタッフ併せて20名余りで、遺跡ウォークを敢行しました。

 この日のコースはJR和田山駅を出発し、5基の古墳からなる岡田古墳群を見学した後、秋の特別展で取り上げている池田古墳を見学するというものでした。

  岡田古墳群では県指定史跡小丸山古墳(墳長59m)の墳丘にも上り、丘陵上に築造された前方後円墳の存在感を確認しました。



 また、岡田古墳群で最大の前方後円墳である長塚古墳(墳長約 70m)では、朝来市の職員から発掘調査の成果や出土した埴輪について解説がありました。

岡田古墳群からは城ノ古墳を横目に見ながら、池田古墳へ。
 池田古墳は国道9号バイパスが盛土になったことで、視覚的には墳丘が分断されてしまったのですが、周濠の形が現在まで地割に残されており、それをたどることで参加者の皆さんは但馬の王墓のスケールを実感されていました。

池田古墳のある平野地区の公民館には、池田古墳に納められていたと考えられる長持形石棺の一部が大切に保管されています。地元のご厚意で保管されている石棺を見学することができ、参加者の皆さんも満足されていたようです。


特別展「王墓の埴輪-池田古墳のすべて-」は12月6日(日)まで開催されています。

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