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播磨国の城と官兵衛の足跡Ⅰ 多田暢久さんの講演

7月12日に開幕した企画展「官兵衛を巡る五国の城」

第1回の講演会
「播磨国の城と官兵衛の足跡Ⅰ」

多田暢久さん(姫路市立城郭研究室)が講演
講演中の多田暢久さん
考古資料・文献・現地踏査から官兵衛と播磨の城を考察

入場整理券の配布に、早くから大勢並ばれました


入場整理券は会場の出入りには持参お忘れなく

約190名もの方々が聴講されました


モニター席もこのとおり

史料も参考に


官兵衛は姫路城城主だったが、二の丸に居住
文献にある「御本丸様」は秀吉や信長を指す

現段階では官兵衛がいた時代の姫路城の遺構は発見されていない

有岡城に幽閉された官兵衛
家臣たちは一時期、官兵衛を見捨てたとの文書も

戦国時代末期の播磨は官兵衛一人の力だけではなく
信長・秀吉の力、播磨の潜在的な力があいまって増大化した!

等々

講演後は展示をご覧いただき
さらに理解度アップ!

次回の企画展講演会から展示会パネルの内容を資料化
各回の講演会日に企画展会場の資料を集めれば
「五国の城」パネル資料化達成!
ご期待ください

9月末までクールスポット期間
通常料金の半額でご覧いただけます


是非ご観覧を

【お知らせ】
官兵衛ふたたび参上!
阪神・淡路大震災20年展
企画展 兵庫五国の考古学
ー官兵衛を巡る五国の城ー
平成26年7月12日(土)~9月7日(日)
官兵衛が活躍した戦国時代末期、兵庫県は織田と毛利が覇権を争う激戦地となりました。
三木城や有岡城では大規模な包囲網が築かれ
壮絶な籠城戦(ろうじょうせん)が行われました。
今回の展示では、籠城戦の中で誕生した新たな城郭やこれを取り囲んだ
織田軍の砦(とりで)群(付城・陣城)を展示。
詳細はHPを参照ください

講演会 兵庫五国の考古学
7月26日(土)13:30~15:00
播磨国の城と官兵衛の足跡2
講師 金松 誠(三木市教育委員会)
当日受付 定員120名 無料(講堂にて)

講演会やイベントも多数!
詳細はHPを参照ください

開館中のイベント
(土)14:00~15:00 ときどきドキドキ体験!石棺に入ろう
(日)14:00~15:00 ときどきドキドキ体験!古代船に乗ろう

その他イベントなど詳しくは考古博ホームページをご覧ください


こうこはくはクールスポット期間中
7月1日(火)~9月30日(火)まで
観覧料金は通常料金の半額です
詳しくは下記を参考に


いつも新しい発見が・・・
兵庫県立考古博物館へご来館ください!




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