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特別展の見どころ3 ~足利将軍家ゆかりの遺物~ 

 特別展「 動乱!播磨の中世~赤松円心から黒田官兵衛まで~ 」の見どころをご紹介する3回目です。今回は、足利将軍家ゆかりの遺物についてです。


 足利尊氏は、六波羅探題を赤松円心と共に攻め滅ぼし、後醍醐天皇の建武の新政権の樹立に尽力しました。 しかし、後に天皇と対立を深め、建武2年(1335年)政権に反旗をひるがえし、室町幕府を開くにいたります。

 一方円心は、建武新政の功により播磨守護を与えられるも、まもなく取り上げられ、新政に不満を抱きます。 そして尊氏に従い、室町幕府が開かれると、再び播磨守護に復帰し、以後の赤松家繁栄の礎となります。

足利尊氏坐像 南北朝時代 
(現品:大分県 安国寺蔵・写真提供 重要文化財)


 時代は移り、3代将軍義満によって、京の都に「花の御所」と呼ばれる将軍の邸宅が築かれます。室町通に面して正門が設けられたことから、室町殿、室町第とも呼ばれ、さらに足利将軍のことを室町殿と呼ぶこともありました。のちに、室町幕府と呼ばれるようになったのは、このことに起因しています。花の御所は、永徳元年(1381)にほぼ完成をみます。

 その後、花の御所は数度の再建をへて、永禄2年(1559)、13代将軍義輝が二条御所を造営して移転したため、最終的に廃止されます。

 2002~2004年度にかけ行われた発掘調査で、石敷遺構と石組水路、柱列などの遺構、土師器皿などの遺物が見つかっています。この石敷遺構は、「上杉本洛中洛外図」に描かれた12代将軍足利義晴の公方邸北縁の施設との関連が推定されています。


花の御所跡の石敷遺構
(同志社大学歴史資料館写真提供)


 現在も法灯を伝える京都市上京区の相国寺は、永徳2年(1382)、義満によって、花の御所に隣接して創建され、以後足利氏の菩提寺の役目を果たします。

 同寺の旧境内は、1972年より数十次にわたって発掘調査が行われてきました。
軒丸瓦、軒平瓦などが大量に、また貿易陶磁が比較的多く出土しています。
貿易陶磁には白磁椀・皿、青磁椀・皿、影青梅瓶、合子など13世紀後半から14世紀代のものが含まれています。

 

桐紋軒丸瓦と唐草文軒平瓦
桐紋は皇室のものでしたが、室町時代、足利一門だけに使用が許されていました
青磁香炉
龍泉窯で焼かれた砧青磁と呼ばれる高級品

瀬戸灰釉陶器椀「鹿」の文字あり)
相国寺の塔頭 鹿苑寺(金閣寺)のものと考えられる

天目茶碗
同じく「鹿」の文字

 
上記の2遺跡の地には、現在、同志社大学の建物が建っています。


特別展は12月1日(日)まで開催中です。まだ間に合います!!
ぜひ足をお運びください!!

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