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「天日槍(アメノヒボコ)」が残したもの

 


 

前回の考古楽俱楽部さん作成の紙芝居を見返すと、改めて神話が地名の元になった例が多いということがわかります。

 




この物語のアメノヒボコは新羅の国の王子として、奈良時代に記された古事記や日本書紀、播磨国風土記などに登場します。

 

 

伝説の概要としては『朝鮮半島の新羅国の王子ヒボコがアカルヒメという日本のおきさきと仲良く暮らしていたが、ある日、二人はケンカをしてヒメは日本に帰ってしまう。

そのヒメを追いかけて日本にやってきたヒボコが播磨国にたどり着き、その土地の国主、伊和大神と戦うなど大変な苦労があったのち、最終的には但馬に定住した。地元の人々と力を合わせて治水を行い田畑を開墾し、焼き物や鉄を作る技術を広め国造りに活躍した』という話です。

少しザックリし過ぎですが。



テーマ展示室(交流 みち・であい)
       


 

このなかでヒボコと伊和大神の場面で、大神が丘の上でご飯を食べている時、口元からご飯粒をこぼしてしまったところから、その丘を「粒丘(いひぼおか)」と呼ぶようになった。これが「揖保」の語源です。

 

その他にも、米糠(ぬか)を集めたので、「糠丘(ぬかおか)」(姫路市船津町八幡)、馬が川でいなないていたので「伊奈加川」(山崎町五十波(いかは))などいろいろな語源があります。

昔の人も結構、おやじギャグ的な言葉遊びが好きだったのでしょうか?

 

 

土地の人々に愛されたアメノヒボコの本拠地、それが今回冬季企画展で取り上げている「但馬」です。


冬季企画展「但馬国出石郡家と袴狭遺跡」では、朝鮮半島からやってきた新しいものや技術のその後の様子が展示されています。


【大陸から伝わったもの】

須恵器(すえき):青灰色の硬い陶質の土器。高温で還元焼成することで、硬質で保水力の高い土器が製作できた。貯蔵や運搬に適している。

写真は役所で出土したうつわで、杯(つき)や皿といった平底で口の広いものです。これらは食事用と考えられています。



金属器:銅や鉄などの道具を製造する技術

鞴(ふいご)は金属の道具を作る際に風を送る道具で、羽口(はぐち)はその送風口にあたる。鉄滓(てっさい)は金属の純度を高める際にできる不純物。これらの出土品から農工の作業道具や武器などの鉄製品を作っていたと考えられます。




馬の飼育・乗馬:馬を農作業、運搬、通信の手段として活用した。

写真の壷鐙(つぼあぶみ)の鐙とは馬にまたがった人が足をかける道具で、最初は輪っかの形をしたものでしたが、より安定して乗れるようにつぼ形に改良された。




これらの須恵器、金属器、乗馬などは、日本の発展に大きな影響を与えました。

 

 

 

 

ところで、話は天日槍(アメノヒボコ)に戻りますが、当館の展示室にある大きな船。

この木造船の名前が「ひぼこ」と命名されています。当然アメノヒボコにちなんでいます。


 

この船は準構造船(じゅんこうぞうせん)と言う型式です。縄文時代以来、舟は木をくりぬいただけの丸木舟が使われていましたが、準構造船はその上に、板を立てて囲みをつくり、波が入らないようにしたものです。丸木舟と、後の時代にでてくるような船全体を板でつないで作る構造船との中間的な型式なので、準構造船と呼ばれています。

 

この準構造船という船は、下半部が丸木舟であることから、大きさは材料となる木の直径によって制限されてしまいます。そのために幅の広い船を作ろうとすると、それだけ直径の大きな木を必要とします。

 「ひぼこ」の復元にあたっては、材の入手が困難だったため、最終的にアメリカ産のベイマツを使うことになりました。古墳時代にはスギやクスノキが使われていますが、当時でも材木の入手には手を焼いたものと思われます。

当館のひぼこ船には、ときどきドキドキ体験として乗船することができます。

毎週日曜日に実施しています。



「古代船に乗ろう」 毎週日曜日 14:30~15:30 〈テーマ展示室〉



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