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講演会「大中遺跡の竪穴住居を探る」

5月14日(土)、春季特別展関連講演会の第2弾「大中遺跡の竪穴住居を探る」を開催しました。

講師は兵庫県企画部地域振興課・兵庫津(ひょうごのつ)展示班長の多賀茂治氏。今秋に開館する県立兵庫津ミュージアム「ひょうごはじまり館」の立ち上げにお忙しいなかお越しくださいました。

このブログを読んでくださっている方の中にはご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、実は多賀さんは、当館の開館準備メンバーで、前回ご紹介した「大中遺跡調査研究・活用プロジェクト」のメンバーでもあります。



今回の講演会では、大中遺跡のバリエーションに富んだ竪穴住居跡を読み解き、弥生時代の人々の暮らしや社会についてお話しいただきました。

はじめに、竪穴住居の構造の特徴と、形の移り変わりについて解説がありました。
大中遺跡の一番の特徴は、いろんな平面形、いろんな構造の竪穴住居跡がたくさん発掘されたことです。大中遺跡が発見された60年前は竪穴住居跡が1つ見つかっただけで大発見だったので、多数の住居出土のニュースは衝撃的だったでしょう。

そもそもなぜ「竪穴住居」と言うかというと、地面に大きな穴を掘るから竪穴住居といいます。屋根材や柱の木材は朽ちてなくなってしまうのに、なぜ骨組みがわかるかというと、柱穴の位置や、火事で焼け残って炭化した木材などから推測できるからです。


竪穴住居を読み解くにはどこを見ればよいか?というと、次の5点を挙げられました。

 ①大きさ(床面積) 
 ②平面形の形状(丸、四角、多角形、長方形など)、柱の数(何本なのか)。
 ③柱と柱の距離(主柱間距離)
 ④炉の場所(火をおこす、燃焼施設の場所)
 ⑤周囲に高床部がついているか、中を区切るもの、空間をわける段や溝はあるか。

①~⑤を見比べることで、どの頃の建物なのか、時代の移り変わりがわかります。
基本的には、以下のように変化するとのことです。

 ①=最初は大小あるが、均一化されていく。
  大中遺跡の最盛期の建物はだいたい30~40㎡。
 ②=円形から方形になる。(多角形はその過渡期に現れた特異な形)
 ③=弥生時代の技術では柱間は3.5m程度が限界。
 ④=燃焼施設の位置が中央から住居の端へ移動。
 ⑤=床の段がなくなり、フラットになる。



つまり、③の主柱間の制限により家を大きくするためには柱の数を増やす必要があり、多角形の家が出てきた。そして、それが次第に四角い家になったのは使いやすく、落ち着くからだろうとのこと(方形思想)。
高床部がなくなった理由も同じで、一般的にはベッド状遺構と言いますが、これはベッドではなく物置ではないかと考えられ、物をたくさん置くために段が無くなったと考えられるとのことでした。


また、大きな多角形の建物と小型の建物が共存した時代があるのですが、この理由については「身分差説」が一般的だが、「建物を使用する人数と用途が違うためではないか?」とのこと。

その「住居以外の用途の竪穴建物」の事例として、兵庫県では北側の地域から大型住居の出土例が多いこと(夏は雨・冬は雪が多い地域で室内で作業をするためか)、そして大中遺跡ではベンガラが床に付着していた住居を挙げ、今後も事例が増えれば「こういう形の家は、こういう機能をもった竪穴建物だ」と立証できるのでは、と今後の調査への期待を話されました。



最後に、竪穴建物からわかる大中ムラの人々の暮らしについての考察をお聞きしました。

弥生時代後期後半~古墳時代初頭の、大中遺跡内における竪穴住居の分布地図を見てみると、同時期に存在したのは20~30棟。その棟数から大中遺跡には、100人くらいが住んでいたと考えられる。地形は平地に見えるが、実際には多少の起伏(高低)があるので、水はけの良い悪いなどがあるはず。現代と同じで、代々同じ土地に暮らしながらも、より過ごしやすいと思われるところに住居を建てたのだろう、とのこと。

県内の同時期の集落における竪穴建物の構成を類型化し、比較してみると、大中遺跡の建物には偏りがなく、まんべんなく多様な大きさの建物跡が見つかっている。
この土地の人々はとても多様な活動をしていて、多様な建物が必要だったのではないかと考えられるとのこと。


弥生時代における東播磨地域の集落分布図をみてみると、大中遺跡周辺には同時期の遺跡が少なく、主要な物流ルートからは外れて孤立したムラだった。だからこそ、大集落になったと考えられる、とのことでした。

講演の最後は、「大中遺跡はすごい情報量を持った遺跡。足を運び、親しみを持ってほしい」と結ばれました。

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