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現地説明会レポート「弥生時代後期から古墳時代の墳墓の調査ー中村群集墳(神戸市西区)」


7から9号墳

 兵庫県教育委員会が(公財)兵庫県まちづくり技術センター埋蔵文化財調査部に調査を委託している中村群集墳で、11月8日(日)に現地説明会が開催されました。天候にも恵まれ、多くの参加者がありました。

これまで、古墳時代後期の群集墳と考えられていた中村群集墳ですが、今回の調査で弥生時代後期にさかのぼる墓地であることがわかりました。弥生時代後期の墓には、墳墓3基(7・8・9号墳)と土器棺3基があります。

8号墳の木棺

弥生時代の墳墓には木棺が使用されており、7号墳と8号墳はそれぞれ2棺、9号墳は1棺が納められていました。

7号墳出土土器

木棺に副葬品は納められていませんでしたが、壷・器台・高杯などの供えられた土器(供献土器)が出土しています。

土器棺1~3

土器棺墓は墳墓の西側で見つかっており、壷・甕・高杯などを棺に転用しています。子どもの墓である可能性があります。

調査区の西端では、古墳時代前期の墓である6号墳が検出されましたが、部分的な検出で、全容は明らかではありません。古墳東側の斜面で供えられたと考えられる壷の一部が出土しています。

10号墳の埋葬施設

古墳時代後期のものとしては、10号墳が見つかっています。木棺が納められており、杯身・杯蓋、堤瓶、高杯などの須恵器が出土しました。これらの土器は棺の外に置かれていたものと思われます。
玉津田中遺跡から中村群集墳を望む

前述のように、今回の調査では弥生時代後期にさかのぼる墳墓が見つかりました。これまで明石川流域では、弥生時代後期の集落はあるものの墓地は見つかっていませんでした。今回発見された墓地は、中村群集墳の眼下に広がっていた玉津田中遺跡をはじめとする集落の墓地であった可能性があります。

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