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特別展解説

 5月28日(土)、開催中の特別展「弥生集落転生-大中遺跡とその時代-」の展示解説会が特別展示室で行われました。


 講師は特別展の主担当、藤原学芸員です。
 最初に大中遺跡の位置や規模についての説明がありました。

 大中遺跡は播磨町にありますが、遺跡は加古川市域にまで及んでいて、加古川市に位置する部分を「山之上遺跡」と呼んでいます。
 パネル下の昭和40年頃の大中遺跡の航空写真と、現在の博物館や駅などを加筆した写真(右下)とを照らし合わせて、今昔を振り返りました。

 この日は、今年度新たに募集した当館のボランティアの研修初日でしたので、研修生の方々も多く解説に耳を傾けていました。


 大中遺跡の名物、イイダコ壺の展示です。左の少し大きめの石は、砥石です。
 大中遺跡周辺では、目の粗い砥石から細かいものまで多数の砥石が見つかっています。一つの竪穴住居跡から、目の粗い砥石と細かい砥石が出土していることから、弥生時代から目的によって、砥石の使い分けをしていたことが伺えるとのことです。


 さて、イイダコ壺ですが、手前の二つの壺にはタコが入っているのが分かりますか。
 このタコ、展示用のレプリカや模型とかではなく、本物のタコに樹脂をしみ込ませて、腐らないようにしたものだそうです。とてもリアルですよ。
 藤原学芸員は、実際にイイダコを料理して展示しようかと思ったそうですが、そのイイダコが不漁でどうしても手に入らず、断念したそうです。こんな小ネタも、展示解説会ならでは、なかなか聞けません。


 大中遺跡、山之上遺跡で見つかった竪穴住居跡の配置図と、考古博物館建築前の大中遺跡の様子を写した写真のパネルの前で、解説を熱心に聞き入る参加者の皆さん。あっという間の30分でした。
 

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