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サプライズなひとときを~博物館の展示解説




考古博物館に展示されている資料は、およそ3000点。
複製品や模型、映像をつかった展示以外は、すべて
昔の人々が使ったホンモノが置かれています。


どれも大変貴重で、みんなそれぞれに特徴を持っています。
ただ、展示品が勝手に自分から話してくれることはありません。


その代わりに説明するのが「解説文」ですが…
文字を目で追うのが、ちょっと面倒なときもあります。


そこで、少しでもわかりやすくお伝えしたいと、あの手・この手。


イラストを使ったり、


映像を使ったり、


模型を使ったり…工夫を重ねています。


それでも、一番効果が高いのが人の声。直接耳を傾けていただくことが、
一番伝わるのではないか、とおもいます。


展示品について、時にはスタッフが直接みなさんに、
掘り下げたお話をお伝えしたいと思うときがあります。


そこで実施しているのが、ギャラリートーク。展示を担当した学芸員や
講演会の講師が、展示物を前に直接説明する機会です。


最近では講演会の終了後、講師の先生に内容と関係した
展示品について、直接語っていただく機会が好評です。


展示を見たり、解説文を読むだけではわからない、奥深い内容や、


面白いこぼれ話・遺物にまつわる「ここだけの話」が聞けることも。


時にはアッと驚く人が、ギャラリートークすることもあります。
(埴輪の世界では、館長がサプライズで登場しました)


展示は、置かれる遺物そのものが持つ魅力だけでなく、
遺物を展示室に配置する人の「おもい」も一緒に並んでいます。


その一端を、お伝えする展示解説。サプライズを楽しんでいただける
趣向も凝らして、展示品の魅力を感じていただきたいと思います。

※   ※   ※

現在開催中の企画展「ひょうごの遺跡2020」の関連行事として、
注目の最新発掘調査として展示された遺跡を、調査担当者が報告、
和田館長と討論する「発掘調査速報会」が3月8日に行われます。
終了後、講師が展示された出土遺物について展示解説を行います。

ぜひ、ご来館ください。お待ちしております。

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