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#自宅でも考古博 29「発掘こぼれ話その4-電話に出た古墳時代の「ひとみさん」-」

当館のテーマ展示「人」のコーナーには、ある一人の女性が開館当初からずっといらっしゃいます。

その方のお名前は「ひとみさん」。

本名はわかりませんが、私たちが勝手にそう呼んでいます。

ひとみさんは今から約1,700年前の古墳時代前期に、朝来市和田山町でご活躍されていました。もちろん今はお亡くなりになり、骨になってしまっています。

ひとみさんの展示

「ひとみさん」とお呼びするようになったきっかけは、今から約30年前、ひとみさんのお墓である向山2号墳(朝来市)を発掘していた時のことです。

兵庫県に就職が決まってまもない頃の私は、初々しく、はしゃぐように発掘をしていました。
調査が進むと、古墳は一辺10mほどの方形であることが明らかになり、その中央からは大きな墓穴がみつかりました。墓穴を掘り進むと丁寧に組んだ石の蓋が出てきました。

丁寧に組まれた蓋石

図と写真による記録をとり、慎重に蓋を外しながら中をのぞくと、、、、
中には人骨が残っていて、目と目が合い(目はないけどそんな気がした)、ドキッとしたことを今でも憶えています。

ひとみさんの埋葬の様子

ひとみさんのお墓はベンガラで真っ赤に塗られた竪穴式石室で、意図的に割られた中国製の内行花紋鏡が枕元に、2本のヤリガンナ(木を削るカンナの一種)が肩の辺りに置かれていました。
石室の外には2つの土器が供えられ、玉砂利が石室周辺と棺内に敷かれていました。

手厚く葬られていて、地域の人々から信任され、愛されていたことがわかります。

赤く塗られた石室と
供えられた土器

意図的に割られた
中国製の鏡
(小型の内行花紋鏡)

発掘調査で人骨が出土すると、形質人類学がご専門の大学教授に現場を見ていただき、年齢、性別、身長、その他の身体的特徴を教えていただいています。
 
ひとみさんの調査の時も先生に連絡をとり、現場まで見に来ていただきました。すると、
「この方はきゃしゃで、美人さんですね。例えるなら、黒木瞳さんのような方です。」
とのお言葉。

この時から、私たちはこの方のことを「ひとみさん」と呼ぶようになりました。

先生のお話によると、ひとみさんは
①40~60歳の熟年女性
②身長は約150センチ
③虫歯があり、生前に上の左右の第2小臼歯と多くの大臼歯が抜けていた
ということがわかりました。

・・・・・

さてさて、発掘調査も無事終了し、ひとみさんが現場事務所に安置されていた時のことです。

事務所を留守にし、皆でお店を予約して出かけることになったのですが、発掘作業の都合で出るのが遅くなってしまいました。
お店に到着すると、お店の人が待ってて、こう言いました。
(お店の人)「あんまり遅いので、電話したんですよ。そうしたら女の人が電話に出て、皆さんもう出られました、と言われたので待ってました。」

(私)「あれ? 事務所には誰もいないはず・・・。電話に出た人はどんな人でしたか?」

(お店の人)「50代くらいの女性の声でしたよ」

事務所で働く人にそんな人はいません。
今、事務所にいるのは、確か、、、

まさか、ひとみさんが電話に?!

不思議に思ったり、気味悪がったり、電話番号を間違えたからと真面目に原因を追及したり。
反応は人によって様々でしたが、私はこう思いました。

残念。私なら電話でいろんな話を聞いたのに、、、。

村には何人の人がいたのか。
何人家族で、どんな暮らしだったのか。
なぜ、鏡を割ったのか。
虫歯が痛むときはどうしたのか。
などなど、、、、。

さてさて、電話に出たのは本当にひとみさんだったのか?
今となっては真相を明らかにすることはできません。

みなさんも、展示室のひとみさんに、直接話しかけてみてはいかがでしょうか?
むかしのことをいろいろと教えてくれるかもしれませんよ。 

(学芸課 中村 弘)
 

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